守破離 SHUHARI シュハリ一、兵法書研究二、武術稀少書三、武術系古本四、ご注文・お問合せ五、当サイトについて

柳生十兵衛三厳の代表作。流祖上泉伊勢守、祖父宗厳、父宗矩、十兵衛へと続く新陰流の集大成といえる名著。非常に長いので7s回に分けて掲載していきます。

原文をこの色で表記します。

月之抄

1/7

柳生十兵衛三厳

寛永三年拾月日、さることありて若(徳川家光公)の御前を退きて、私ならず山にわけ入りぬれば、自ら世を逃るると人は云うめれど、物うき山の住まい、柴の庵りの風のみ荒れて、懸け樋ならでは露音のうものなし。 この世の外はよそならじ、侘ても至つれづれ(寂しく所在がない)、先祖の跡を訪ね、兵法の道を学ぶと云えども、習いの心持ち易からず。

ことさらこのごろは自得一味上げて、名を付け、習いとせし傍ら多かりければ、根本の習いをも、ぬしぬしが得たる方に聞き請けて、門弟たりといえども、二人の覚えは二理と成りて理定まらず。
さるにより、秀綱公(上泉伊勢守)より宗厳公(祖父・石舟斎)、今宗矩公(父・宗矩)の目録を取り集め、流れを得るその人々に問えば、彼は知り、彼は知らず。彼知りたるは、則ちこれに寄し、彼知らざるはまた知りたる方にて是を尋ねて書し、聞きつくし見つくし、大形習いの心持ちならん事をよせて書き附けば、ことばには云いものえやせむ、身に得る事易からず。

折ふし関東へひとゝせ(一年)下りしに、夏の稽古始まりける寛永拾四年五月初日より、秋終に至りて是を学び、老父の相伝一々書き留めてこれを寄するなり。この左に寄したる数々の習い、重々の心持ちを三つに分けて、三つを一つに寄して予の得道とせり。

然るとも、向うまたかくの如く我に等しくあらん敵(同等の敵)には、勝負いかんとも心得難し。さるによって、思うその至極を一巻に述べる。(「昔飛衛といふ者あり」のことだと思われます)

老父に捧げたてまつれば父の云わく、これ残さず焼き捨てたらんにしくはあらじ(残さず焼き捨てよ)となり。尤も至々極々せりと思う心は心の濁りなり と会得してはあれども、その濁り無き心を自由に用い得る事難いかな。この時沢庵大和尚へ嘆きたてまつり、一則の公案(禅の問題)御示しをうけ、一心得道たらずといえども、かたじけなくも御筆を加えられ、父が以心伝心の秘術、事理一体、本分の滋味ことごとくつきたり。この程の予が胸の雲 晴れにけり。

 尋行道のあるしやよるの杖 つくこそいらね月のいつれば
 (尋ね行く 道の主や夜の杖 つくこそいらね(ぬ) 月の出ずれば)

 よって此書を月之抄と名付くるなり。ここに至りてみれば、老父の云われし一言、今許尊(今こそ)感心浅からずなり。この如く云うは我自由自在を得る身に似たり、さにはあらず。月と知らば、闇にぞ月は思うべし。一首

 月よゝしよゝしと人のつけくれと またいてやらぬ山影のいほ
 (月夜良し 夜良しと人の告げ来れど まだ出でやらぬ 山影の庵)

  寛永拾九壬午 二月吉辰筆ヲ染。

※古今集にある「月夜よしよゝしと人に告やらはこてふににたりまたすしもあらす(月夜良し夜良しと人に告げやらば 来てふに似たり 待たずしもあらず)」という句が念頭にあって作った句だと思われます。この句の意味は「月がすばらしい、良い夜ですねと人に言付けをしたのは、来てくださいと言ってるようなものですね。まあ待っていないわけでもないのですけど。」というものです。

月の抄

寛永三年拾月日、さることありて、若之御前ヲ退テ、私ならず山にわけ入ぬれば、みつから世をのかるゝと人は云めれと、物うき山のすまひ、柴の庵りの風のみあれて、かけひならては、つゆ音ノウモノナシ。此世の外ハよそならし、侘ても至つれつれ、先祖の跡をたつね、兵法の道を学といへとも、習之心持やすからす、殊更此比は自得一味あけて、名を付、習とせしかたはら多かりけれは、根本之習をもぬしぬしが得たる方に聞請テ、門弟たりといへとも、二人の覚は二理と成て理さたまらす。さるにより、秀綱公より宗厳公、今宗矩公ノ目録ヲ取あつめ、ながれをうる其人々にとへは、かれは知り、かれは不知、かれ知たるハ、則これに寄シ、かれ不知ハ又知たる方ニテ是をたつねて書し、聞つくし見つくし、大形習の心持ならん事ヲよせて書附ハ、詞にハいひものへやせむ、身に得事やすからす。折ふし関東へひとゝせくたりしに、夏の稽古はしまりける寛永拾四年五月初日より、秋終に至テ是を学、老父の相伝一々書留テ此ヲ寄スル也。此左に寄シタル数々の習、重々ノ心持ヲ三ツにわけて、三つをひとつに寄シテ予の得道とせり。然とも、向ふまたかくのことく我にひとしくあらん敵ニハ、勝負いかんとも心得かたし。さるによって、おもふその至極を一巻ニ述る。老父に奉捧ハ父の云く、これ不残やき捨タランニしくハあらしと也。尤至々極々せりと思ふ心は心のにこり成と得とくしてはあれとも、其にこりなき心を自由に用得事かたいかな。于時沢庵大和尚へなけきたてまつり、一則のかふあん御しめしをうけ、一心得道たらすといへとも、忝なくも御筆ヲくはへられ、父かいしんてんしんの秘術、事理一体、本分之茲味ことことくつきたり。此ほとの予かむねの雲はれにけり。

 尋行道のあるしやよるの杖 つくこそいらね月のいつれば

 よって此書を月の抄と名付ル也。ここに至テみれは、老父のいはれし一言、今許尊感心不浅也。如此云ハ、我自由自在を得身に似り。サニハあらす。月としらは、やみにそ月はおもふへし。一首

 月よゝしよゝしと人のつけくれと またいてやらぬ山影のいほ

  寛永拾九壬午 二月吉辰筆ヲ染。

 

新陰流兵法目録

(※読み下し文のみ掲載)

閑長老作

夫れ兵術は身を保ち、敵を亡ぼし、家を斎え、軍を治し、国を制し平するの天下の道也。
庶民之を得れば即ち身を保ち、勇士之を得れば即ち敵を亡ぼす。大夫之を得れば即ち家を斎え、戦将之を得れば即ち軍を治す。諸侯之を得れば即ち国を制す。天子之を得れば即ち天下を平らにす。
戦を以て戦を止むるの意也。是故に鋭士勇将、威を天下に立てんと欲すれば兵術に由らざるなし。
しかも兵術の要は必ず克より大なるはなし。彼此相対し鋒(ほこさき)を交え刃を接せんと欲する端帰に臨んで、彼以て来るべく我以て往くべし。
彼も人也。我も人也。蜂たい(はちとさそり)猶毒有り、いわんや人においてをや。
しかもまた兵は両つながら(ふたつとも)勝たず、両つながら負けず。強弱分かつ所死生の罹る所、危之至り也。
慎まざるべけんや。此時にあたって、勝を白刃の前に決せんと欲すれば自らは剣闘の妙術を得るに非ずんば豈能く必勝の利を得んや。
たとえ膂力人に過ぎ山を抜き、鼎をあげ、陸地をひかえ、舟をうごかすが如き有りといえどもまた剣術を得ずんば必ず敵の為に棲せられん。
たとえ人のまさに莫耶・大阿・龍泉の如き天下の妙剣を持すること有りといえどもまた剣術を得ずんば必ず敵の為に擒とする所の者也。
昔荊軻秦王の為に誅せらるは是也。故に史記に曰く、荊軻惜しむらくは、刺剣の術を講せず。大史公もまた剣術を貴ぶこと此の如し。
楚の項羽剣を学んで成らず曰く、剣は一人の敵、学ぶに足らず。我万人の敵を学ぶ。此言是に似て非有り。一人の敵を学ぶこと能わずして豈能く万人の敵を学ばんや。一人万人、多寡、異なるといえども、敵を亡ぼす道は一也。項王死し国亡び笑を天下に取る者亦宜なる哉。君見ずや漢高祖三尺の剣を提げて天下を平らげ、炎運四百年の洪墓を開くを。亦快とせずや。

凡そ賢士大夫、志を武名に染むる者、是を学ばずしていずれをか学ぶべけんや。之を学ぶと曰うと雖も、一朝一夕にして其妙を得るに非ず。日に問い月に学び、旬鍛、季錬、朝打三千、暮打八百、自然之を手に得之を心に応ずるに非ずんば豈能く其の妙を尽くさんや。
その妙を得れば、郢工泥をけずり、輪扁輪をけずると異曲同工、まことにそれ剣術之士、其神勢妙術を得れば、敵に臨んで戦を決するに、猶予(ためらい)有ることなし。軽足善走、一たびは左し、一たびは右し、一たびは向かい、一たびは背く。倏として(たちまち)往き、忽として(たちまち)来る。
或いは其の表を撃ち、或いは其の裏を撃つ。地より出ずるが如く、天より下るが如し。その疾きこと風邪の如く、其の暴なること雷の如し。人の識る所に非ずして無窮の変を行う。凛々たる威風人にせまりて寒し。白刃始めて合うや、正按・傍提、横斬・堅截、一刀両断、赤肉白骨電光影中に春風を斬る者か。ああ至れる哉。

ここに上泉武蔵守秀綱公という者あり。東関の豪英也。あまねく天下の剣客の門をたたいてそのこん奥に至る。最も陰の流に於いて堂に昇り室に入る。世之を新陰流と謂う。弱を以て強を制し、強を以て弱に勝つ。長を以て短に入り、短を以て長に入る。横に吹毛を按じ、金翅海をきり、竪に莫耶を拓き、怒雷天を破る。天下其の鋒(ほこさき)に当たるもの無し。
柳生但馬守平宗厳公は和州の英産なり。齠齔より志を剣術に遊び、諸流をさかのぼるや淵源なり。新陰の最も優れたりを知りて、秀綱公に従いて遊ぶ者幾温涼。造次(わずかな時間)も兵に於いてし、顛沛(慌てた時)も兵に於いてす。
是を以て真の妙を得、真の頤を探り、師に過ぐる者を見ること遠し。其の兵を用うるに至るや七縦八横、千変万化、半合半開、双発双収、風の帆を使うを見るが如く、兎に鷹を放つに似たり。
一刀を揮えば三千の剣客容(かたち)を改め色を失い、長さつを振えば、八方の豼貅(むじな)心を動かし目をおどろかす。虎の山によるが如く、龍の雲をとらえたるが如し。
実に兵道の冠冕、天下の剣客靡然として(なびいて)其の門に入らざる無し。ここに於いて工夫日に積み、鍛煉年を累ね、別に新意を出し、忽ち白戦の術を得。
鍛然彼剣を揮いて我を撃てば翻然として飛び去り、右転左転、歩々風起こり、前に在り忽焉として後に在り。手に寸刃を持たずして却って人を抑逼す。身に寸縄を施さずして却って敵を縛殺す。赤手長蛇を捕え、控勒を施さずして生馬に騎り、他の刀剣を掠奪して却って他の眼晴をえぐるが如し。超然の才、絶倫の識に非ずんば、豈能く此の如きや。この時に魔外命を乞い、賁育(中国春秋時代の勇士)の手をこまねき、下○の虎をてうちにし、項羽の人を叱る、亦下風に立つ者なり。天下兵を学ぶ者の之を捨てて何を求めんや。ああ盛なる哉。

かえりみるに、夫れ師の道を伝うること、其人を識らずして妄りに伝えれば却って其の害を受く。后○射を逢蒙に伝え、飛衛射を紀昌に伝うは是なり。もし剣術を以て人に伝えんならば、庚公之斯の如き者を選びて之に伝うれば可ならん。其の人に非ずして其の道を伝うること勿れ。其の人に非ずして其道を得ること勿れ。けだし聞く、師資相承(師から弟子へ道を伝えていくこと)は恰も一器の水を一器にそそぐに似、一燈を分かって百千燈と成すが如し。始めより殊異なし。然りと雖も、工夫の深浅、鍛練の厚薄あるによってその術もまた工拙軽重有り。業は勤に精しく嬉び荒ぶ。行すれば思を成し、随に毀る。精を研き思をこめ、而して後其至極に至るべきなり。精微要妙は、言を以て宣ぶべからず。ただ熟するに在るのみ。賢士大夫武を以て世に名をなす者学ばざるべからず。光陰は荏苒(物事がはかどらない)、時を惜しむべきなり。老いて悔ゆるも何ぞ及ばんや、これ勉めよ。


兵法の落索

(※読み下し文のみ掲載)

柳生宗厳

夫れ兵法は、竺・支・日三国に亘りてこれあり。竺度に於いては七仏師・文殊・上将・智恵剣を提持して無明の賊を截断し、一切衆生真の刃にふれざるはなし。兵法の濫觴と謂うべし。摩利支天専ら以て秘術と為すものなり。支那に於いては黄帝阪泉逐鹿に戦い以還元明に至る。断絶せざるは兵法なり。日本に於いては、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)より今日に至る一日も兵法無かるべからず。古流・中流・新当流有り、亦陰流有り。其の餘は勝げて計うべからず。

ここに上泉武蔵守秀綱有り。諸流の奥源を関北に究め、奇妙陰流にぬきんず。新陰流と号す。時に上洛あり。是に宗厳若年より兵法に執心し、諸流の極意を尋ね捜すといえども、未だ勝利に達するに能わず。故に秀綱に対し、種々執心懇望せしめ、毛頭極意を相残されず、誓紙印可を返し、截相口伝を極む。
しかのみならず、宗厳数年当流・他流稽古鍛練以て工夫の上、新しく肝心の一二の分別、或いは十人して六七人、或いは十度して六七度、無刀にて必勝の工夫を得。これを仰げばいよいよ高く、これを鑚ればいよいよ堅し。其れ斯のごときは世の玄妙と謂うべし。惟うに多くは唯我独聊、愚意を存するのみ。然れども造次顛沛(わずかな時)も切磋琢磨すれば、必ず自得あらん。勤めまた勤むべし。奥儀を疎かにし、仕合を好むものは其身恥辱を受くるのみにあらず。なにがしの道漫、咎を兵法に帰す。一流の師誠に憎むべき者なり。餘流を廃すべからず。他流を立て道を嗜み、相尋ねべきゆえんは、何れも此道に於ける修行なり。世上の輩に、極意の一二を知る者まま多し。人生まれて之を知る者に非ず。学んで浅より深に至る。一文も無文の師なり。故きを温ね新しきを知れば此の道に於いて日新の功あるも、必ず他流に勝つべからず。今日の我勝、昨日の我上手奇妙は鍛練工夫の上にあり。故人の師伝、其の人一世の意地、覚悟分別を存するを見て、熱心懇望するに於いては相伝すべし。ゆめゆめ面太刀以下、稽古を極めず、他流を嘲弄し、仕合を好んで高瞞の人には、家宝を相伝すべからず。連日その人をこころみ、英傑にあらずんば、截相の極意口伝を許可すべからず。強弩・矛戟翼を為さず、万死をのがるるは此の術なり。極むべし極むべし。歳次天文廿三甲寅三月日 柳生但馬守宗厳之を書す。

 

   遠(燕)飛  面太刀なり
 遠飛 猿廻 月影 山〓(こざと+念) 浦波 浮舟 切甲 刀棒

   三学
 一刀両断 斬釘截鉄 半開半向 右旋左伝(転) 長短一味

 右の太刀のくだき三つづつこれ有り
 老父(父宗矩)云わく、此の五ツは構えをして保つを専とするなり。待の心持ちなり。
 また云わく 目付は二星、身の受用は五箇三学恩無邪の心持ち専なり。

   九箇
 必勝 逆風 十太刀 和ト 睫径 小詰 大詰 八重垣 村雲

 右の九ツは構えをしている者に、また構えをして先を仕掛け、打損じて二の目を勝つ稽古、残心の習なり。これ老父の教えなり。

   天狗抄 太刀数八つ
 花車明身 谷待 手引 乱剣 序破急
 老父の云わく、この太刀は構えを習いとして、これより切掛、序のうちにて表裏をもととして用いる太刀これなり。是より敵の転変に随う心持ちあり。ふたつ具足打もの、二人相手にして勝つ心持ちを、此の内にて秘事とするなり。皆太刀なり。此のほかに切られぬ構えを専として遣う太刀二つあり。
 私云、古流には、天狗の名を回録に書せる有り まま多し。老父はかくのごとし。

   極意之太刀 数六つ
 添截乱截 無二剣
 此の構え二つなり。敵添截を遣う時、仕掛けを無二剣にて勝つなり。

   活人剣
 これより構えなくして仕掛けを先にして、敵のはたらきに随い、拍子あい、この心より出ずるなり。いずれも序、截相を稽古して敵の様子を見ること是より始まるなり。
 私云、右の六つの太刀の外に八箇必勝口伝に有り。くだき重々これ在りと書入れたる亡父(祖父宗厳)の目録有り。

   二十七ヶ条の截相の事
 序 上段三つ  中段三つ  下段三つ
 右此ノ上段三つの仕様ハ、斬釘截鉄 大詰 無二剣これ三つなり。
中段三つの仕様は、右旋 左転 臥切これ三つなり。
下段三つの遣いようは、小詰 半開半向 獅子忿じん懸これ三つなりと、
亡父(祖父宗厳)の目録に書せるなり。

 破 上段三つ  中段三つ  下段三つ
 此上段三つは刀棒に三つこれ在り、
中段三つは切合に三つこれ在り、
下段三つは折甲に三つこれ在りと亡父(祖父宗厳)目録に有り。

 急  上段三つ  中段三つ  下段三つ
 此上段三つは陰の拵を云う、
中段三つは陽の拵を云う、
下段三つは、動く拵を云う也。
仕様はいずれも一拍子なりと亡父(祖父宗厳)の目録に有り。

 また云わく、
序、上段三 中段三 下段三 
破、上段三 中段三 下段三 
急、上中下ともにいずれも一拍子と書せる目録も有り。

また云わく、
序、上段三 中段三 下段三 
破、刀棒三 切合三 折甲三 
急、上・中・下いずれも一拍子と書せる目録あり。

また急付けたり上・中・下いずれも一拍子なりと書すも有り。

老父云わく、右の太刀を以って、二十七の截相を稽古すれば、大形これにて相済むなり。いずれも太刀を遣うなり。この外に、向上 極意 神妙剣
 古語に云わく、「運策於幃幄中、決勝於千里之外」(はかりごとを いあくのうちに めぐらし  勝ちを千里の外に決す)
これ新陰流の極意これにて極まるなり。
添截、乱截の構えをするものには、無二剣にて勝ち、それを活人剣にて勝ち、向上にて活人剣を勝ち、極意にて向上を勝ち、神妙剣にて極意を勝ちこれに極まるなり。上無き事を云わんために、神妙剣を名付くるなり。是より兵法の心持ち皆一つに成り、一心のきはまりなり。けなげは申すに及ばず、一心の心のはたらき、受用をするに一心なり。心の理りを分け、その理を知る事兵法の根本なり。然るによって心持の習いを専とす。習のいろいろ左の如し。

 

 

   遠(燕)飛  面太刀ナリ
 遠飛 猿廻 月影 山〓(こざと+念) 浦波 浮舟 切甲 刀棒

   三学
 一刀両断 斬釘截鉄 半開半向 右旋左伝(転) 長短一味

 右の太刀のくたき三つづゝ有之
 老父云、此五ツは構をしてたもつを専とする也。待の心持也。
 亦云めつけは二星、身の受用は五箇、三学、恩無邪ノ心持専なり。

   九箇
 必勝 逆風 十太刀 和ト 睫径 小詰 大詰 八重垣 村雲

 右之九ツは構ヲシテ居ル者ニ、また構をしてセンヲ仕掛、打ソンして二ノメヲ勝稽古、残心の習也。これ老父のヲシヱなり。

   天狗抄 太刀数八つ
 花車明身 谷待 手引 乱剣 序破急
 老父の云ク、此太刀ハ構を習として、これより切掛、序のうちにて表裏ヲもとゝして用ル太刀これ也。是ヨリ敵のテンヘンニ随ウ心持アリ。ふたつクソク打もの、二人あひてにして勝心持ヲ、此内ニテ秘事とするなり。皆太刀ナリ。此の余にキラレヌ構を専トシテつかふ太刀二つアリ。
 私伝、古流ニハ、天狗ノ名ヲ回録ニ書セルアリ。マゝ多し。老父はかくのことし。

   極意之太刀 数六つ
 添截乱截 無二剣
 此の構二つ也。敵添截ヲつかふ時、仕掛ヲ無一剣にて勝なり。
 活人剣
 これより構なくして仕掛ヲセンにして、敵のはたらきに随、拍子あひ、この心より出ルなり。何も序、き
り相ヲ稽古して敵のヤウスヲミること是よしはしまる也。
 私伝、右之六つの太刀の外に八箇必勝口伝にアリ。砕重々在之ト書入タル亡父の目録アリ。

   廿七ヶ条之截相之事
 序 上段三つ  中段三つ  下段三つ
 右此ノ上段三つの仕様ハ、斬釘截鉄 大詰 無二剣これ三つ也。中段三つの仕様は、右旋 左転 臥切これ三つ也。下段三つノつかいやうは、小詰 半開半向 獅子忿じん懸これ三つ也ト、亡父ノ目録ニ書セル也。
 破 上段三つ  中段三つ  下段三つ
 此上段三つは刀棒ニ三つ在之、中段三つハ切合ニ三つ在之、下段三つハ折甲ニ三つ在之ト亡父目録ニアリ。
 急  上段三つ  中段三つ  下段三つ
 此上段三つハ陰ノ拵ヲ云、中段三つは陽ノ拵ヲ云、下段三つは、ウコク拵ヲ云也。仕様ハ何モ一拍子也ト亡父ノ目録ニ有。
 又云、序、上段三 中段三 下段三 破、上段三 中段三 下段三 急、上中下トモニ何も一拍子ト書ル目録モアリ。亦云、序、上段三 中段三 下段三 破、刀棒三 切合三 折甲三 急、上・中・下何も一拍子ト書セル目録アリ。又急付タリ上・中・下何も一拍子也と書スモアリ。老父云、右之太刀ヲ以、廿七之截相ヲ稽古すれハ、大形これにて相済なり。何も太刀ヲつかふなり。この外に、向上 極意 神妙剣
 古語云、「運策於幃幄中、決勝於千里之外」是新陰流ノ極意これにて極ル也。添截、乱截の構ヲするものニハ、無二剣にて勝、それを活人剣ニテ勝、向上にて活人剣ヲ勝、極意にて向上ヲ勝、神妙剣にて極意ヲ勝これに極ル也。うへなき事をいはんためニ、神妙剣ヲ名ツクルナリ。是より兵法の心持皆一つに成、一心のきはまり也。けなげハ申ニオヨハス、一心ノこゝろのはたらき、受用ヲスルニ、一心ナリ。心の理りを分、其理ヲ知事兵法の根本也。然ニよって心持の習を専トス。習のいろいろ左の如し

 


トップページ  兵法書研究  武術稀少書  武術系古本  ご注文・お問合せ  当サイト  書斎  サイトマップ