猫の妙術
佚斎樗山子 (加藤咄堂著「剣客禅話」より)
■本文■
勝軒という剣術者あり、その家に大なる鼠出で、白昼に駆け回りける、亭主その間をたてきり、手飼いの猫にとらしめんとす、彼の鼠、猫のつらへ飛びかかり食いつきければ、猫声を立つて逃げ去りぬ、
この分にては叶うまじとて、それより近辺にて逸物の名を得たる猫どもあまた狩りよせ、彼の一間へ追い入れければ、鼠は床のすみにすまい居て、猫来れば飛びかかり食いつき、その気色すさまじく見えければ、猫ども皆尻込みして進まず、
亭主腹を立て自ら木刀をさげ打ち殺さんと追い廻しけれども、手元よりぬけ出て、木刀にあたらず、そこら戸障子からかみ杯たたきやぶれども鼠は宙をを飛んでその早きこと電光のうつるが如し、ややもすれば、亭主の面へ飛び懸かり食いつくべき勢あり、
勝軒大汗を流し、僕(しもべ)を呼んでいう、これより六七町さきに無類逸物の猫ありと聞く、かりてきたれとて、即ち人を遣わし彼の猫をつれよせて見るに、形、りこうになく、さのみ(たいして)はきはきとも見えず、
まず追い入れて見よとて少し戸をあけ、彼の猫を入れければ、鼠すくみて動かず、猫何の事もなく、のろのろと行き、引きくわえて来たりけり。
□解説(加藤咄堂)□
その名も勝軒というのであるから、負けず嫌いの剣術遣いであろう、その家の荒れ鼠、鼠捕器にもかからねば、鼠捕り薬も役にたたぬ、一間を締め切って手飼いの猫に捕らせようとしても、猫の方が鼠に噛まれるという勢い、そこで近辺で逸物といわれる猫をかり集めて一間へ追い込んで見るが、鼠猛然として飛びかかるに猫ども尻込みして進まず、勝軒、木刀を振りかざしてかかれば電光石火の働き、ここに於いて下男にいいつけて六七町先にいる、無類逸物という猫を借り来たった。
この猫、さのみ敏活とも見えぬに飛び込んでその鼠を捕らえたというのが本文の大前提。さあこの鼠とは何者ぞ、この猫とは何者ぞ、勝軒とは誰だ、能くこれを考えてから、さて本文を味わうがよい。
■本文■
その夜、くだんの猫ども彼の家に集まり、彼の猫を座上に請じ、いずれも前にひざまづき、我ら逸物の名を呼ばれ、その道に修練し、鼠とだにいわば鼬(いたち)、獺(かわうそ)なりとも取りひしがんと、爪を研ぎ罷り在り候うところ未だにかかる強鼠あることを知らず、
御身何の術を以て、容易にこれを討ちたまう 願わくは惜しむことなく公の妙術を伝えたまえとて謹んで申しける。
古猫笑っていう
いずれもわかき猫達、随分達者に働きたまえども、未だ正道の手筋を聞きたまわざること故に、思いのほかのことに逢って不覚をとりたまう。しかしながらまず各々の修行の程を承らんという。
その中に鋭き黒猫一足進み出で、
我鼠を取るの家に生まれ、その道に心がけ七尺の屏風を飛び越えて小さき穴をくぐり、猫子の時より早業軽業に至らずという所なし、あるいは眠りて、表裏をくれ(あざむき)、あるいは不意に起こって、桁梁(はり)を走る鼠といえども捕り損じたることなし、心外の至りに侍る。
古猫の曰く、
そも汝の修むるところは、所作のみ故に、いまだねらう心あることをまぬがれず。古人の所作を教ゆるは、その道筋をしらしめんためなり。故にその所作、簡易にしてその中に至理を含めり。
後世所作を専らとして、兎すれば角すると、色々のことをこしらえ、功みを極め古人を不足とし、才覚を用い、はては所作くらべというものになり、巧み尽きていかむともすることなし。
小人の巧みを極め、才覚を専らとする者、みなかくの如し。才は心の用なりといえども、道にもとづかず、ただ巧みを専らとする時は、偽の端となり、向の才覚かえって害になる事多し。これを以てかえりみ、よくよく工夫すべし。
□解説□
所作というは手で為す形だ。剣術も初めは型を学ぶので、形とは名人同士の試合を本として敵味方の太刀の使い方を示したもので、技量が五分五分までの場合にはこの形を知ると知らぬとは大きな差があるが、敵の技量が我より数等優れている場合には、この習い覚えたことも施すに術はない。
一体事を為すのに習うだけで出来ると思うは大きな間違い、画をかくにも、書を学ぶにも、画法や書法がいかにくわしくとも自分の工夫が足りなければ役に立たぬ。
さてまたいかに工夫して応用自在の才気があるとしても、我が才、彼の才に劣ればまた施す術はない。稽古場での腹こなし、剣術なら竹刀の上げ下ろしや、形の具合で勝負があろうが、真剣勝負になっては腕よりも腹、真の勝負は気にある。第二の猫は何というか。
■本文■
また虎毛の大猫一足まかり出で、
我おもうに、武術は気然を貴ぶ、故に気を練ること久し。今その気 豁達至剛(かったつしごう)にして、天地に充つるが如し。
敵を脚下に踏み、まず勝って然して後進む。声にしたがい、響きに応じて、鼠を左右につけ変に応ぜずということなし、所作を用うるに心なくして、所作おのずから涌き出ず。桁梁を走る鼠は、にらみおとしてこれをとる。
然るに彼の強鼠 来るに形なく、往くに跡なし、これいかなるものぞや。
古猫のいう。
汝の修練する所は、これ気の勢に乗じて働くものなり。我にたのむ所ありて然り 善の善なるものに非ず。
我やぶって往かむとすれば敵もまたやぶってくる。またやぶるにやぶれざるものある時はいかむ。
我覆って挫かんとすれば敵もまた覆ってくる。覆うに覆われざるものある時はいかむ。
豈(どうして)我のみ剛にして敵みな弱ならんや。
豁達至剛にして天地に充つるがごとく覚ゆるものは皆気の象なり、孟子の浩然の気に似て実は異なり。彼は明を戴かせて剛健なり。これは勢に乗じて剛健なり。故にその用もまた同じからず。江河の常流と、一夜洪水の勢いとのごとし、
且つ 気勢に屈せざるものある時はいかん。
窮鼠かえって猫を噛むということあり。彼は必死に迫ってたのむ所なし。生を忘れ、欲を忘れ、勝負を必とせず、身を全うするの心なし。故にその志金鉄のごとし。
かくの如き者は豈(どうして)気勢をもって服すべけんや。
□解説□
果然虎毛の猫は気を貴ぶ。意気まず敵を覆えば、敵はすでに我が気の中に左右せられる。気のもっとも熟したものは我にたのむ所なき無我より強きはない、不惜身命、死を期して生を計らず、この気の進む所、何者も敵するなし、
猫には鼠を取らんとするの欲あり、且つ我が力にたのむ所あれど、鼠は猫に狙わるれば命がないから、猫に対しては何のたのむ所もなく、全く命を捨ててかかる、これ鼠の気のかえって猫を破る所以である、
この敵を倒さんとする気はいわゆる客気で孟子のいわゆる浩然の気のごとく心の主たるものではない。孟子はこの気を説いていう、『曰く言い難し、その気たるや至大至剛、直をもって養うて害するなくんば天地の間に塞がる』と、この気は多年の積善集義によって心裡に生ずる道徳上の大勇で、いたずらに敵を倒さんとする匹夫の客気ではない。匹夫の客気はただ勢いに乗じて強いのであるが、浩然の気は心の主たる明鏡のごとき良知良能の上に現れたる剛健の気象である。
そこで気を練るにも優りたるはこの主心を養うことである。第三の猫はすでにこの消息に通ず。次に罷り出でて、
■本文■
また灰毛の少し年たけたる猫静かに進みて いう、
仰せのごとく気は旺(さかん)なりといえども象(かたち)あり、象あるものは微なりといえども見つべし。
我心を練ること久し、勢をなさず、物と争わず、相和して戻らず、彼強き時は、和して彼に添う、
我が術は帳幕をもってつぶてを受くるがごとし、強鼠ありといえども、我に敵せんとして拠るべき所なし。
然るに今日の鼠、勢にも屈せず、和にも応ぜず、来往神のごとし、我未だかくの如きを見ず、
古猫のいう、
汝の和というものは、自然の和にあらず、思うて和をなすものなり、
敵の鋭気をはずれんとすれども わずかに念にわたれば、敵その気を知る、
心を和すれば、気濁りて惰に近し、思うて為す時は、自然の感をふさぐ、
自然の感をふさぐ時は、妙用、いずれより生ぜんや、
ただ思うこともなく、為すこともなく、感に随うて動く時は我に象なし、象なき時は天下和に敵すべきものなし。
□解説□
灰毛の猫は能く心の主を知る。ここにおいて客気すなわち人に負けじとするの気は象(かたち)があって、心すでに動いて後に起こるものであるから、微なりといえども、これを察することが出来る、心を動かさず、常に物と相和すということになると帳幕をもってつぶてを受けるが如しで、暖簾に腕押し、いかに強い者が来ても驚くことはない。
鹿島神宮に鬼一法眼の奉納した文句に『来れば即ち迎へ、去れば即ち送る。対すれば和す、五五十、一九十、二八十』というのがある。敵五の太刀で来れば我五の太刀で受け、敵二の太刀で来れば我八の太刀をもって受け、一の太刀をもって来れば九の太刀で受く、五五十、一九十、二八十、相和する時はその用尽くることなし、
これ人と交わるにおいても必要なことで和をもって貴しとするは古人の戒め、ことに心の和を重しとする。心和して性天風なく、心海波静か、何物か来たって我が心の中に入らざる。
しかしこの和も無理に自分で心を平らかにしようとして出来るものではない。桶の中の水が濁っておってもジットしておけば自然に濁りは下へ降りて水は澄むが、澄まそう澄まそうとかき廻しては澄むものではない、この猫、心を平らかにするという事に気がついたのはえらいが、まだ澄まそうとする機心がある。すでに機心あれば、気濁って惰に近しで、自然でない。これでは敵に勝てる筈はない。
老猫さらに語を継いで、
■本文■
然りといえども、各々の修するところ、ことごとく無用の事なりというにはあらず、道器一貫の儀なれば、所作の中に至理を含めり。
気は一身の用をなすものなり。その気豁達なる時は、物に応ずる事きわまりなく、和する時は力を闘わしめず、金石にあたりても、よく折るることなし。
然りといえども わずかに念慮に至れば、皆作意とす、道体は自然にあらず。故に向うもの心服せずして、我に敵するの心あり。
我何の術をか用いむや。
無心にして自然に応ずるのみ。
然りといえども、道きまわりなし、我いうところをもって至極と思うべからず。
昔我が隣郷に猫あり、終日眠りいて気勢なし、木にて作りたる猫の如し、人その鼠を取りたるを見ず、然れども彼の猫の至るところ 近辺に鼠なし、ところを替えても然り。
我行きてその故を問う、彼の猫答えず。四度問えども、四度答えず。答えざるにはあらず、答うるところを知らざるなり。これをもって知る、知るものは言わず、いうものは知らざることを。彼の猫は、己を忘れ物を忘れて物なきに帰す、神武にして殺さずというものなり。我もまた彼に及ばざること遠しと。
□解説□
所作を貴び、形を習うも不可なし、気を練るも必要なれば、心の和を保つも大事であるが、その根本が自然から出なければならぬ、その自然を害して所作に囚われ、形に縛られ、気に捕らえられ、和に執しては道の本体と合致せぬから、向うもの我に敵するの心あり、
無心にして自然に応ぜば、明鏡のすべての物を映すがごとく、敵皆我が心の中にあり。
沢庵禅師いう、心を敵の太刀に置くものは、心を敵の太刀先に奪われ、我が太刀先に置くものは我が太刀先に奪われ、臍下丹田に置くものは臍下丹田に奪わる、
心をいずこにも置くことなかれ、いずこにも置かざるところ、天地皆我が心にあらずやと。
この老猫の賞賛したる隣郷の猫は未だ鼠を捕らざるも、その近辺に鼠がおらなくなるというに至っては術の極致を得たるもの、塚原ト伝の無手勝手流もなかなかこれには及ばぬ。
徳川家光の代に朝鮮より虎を上覧に供せし時、柳生但馬守はその檻の中に入ってよく虎を睨みて尻込みせしに、沢庵和尚は静かにその檻の中に入って虎の頭を撫でて出てきたというは、一は気をもって彼を制し、他は和をもってこれを服したので、これこの時己を忘れ、物を忘れ、いわゆる無物の境にあり、神武にして殺さざるもの剣道の極意、その妙口言うあたわざるものがあるのである。
我等はこの物語をただ剣道の上のこととして見るべきでなく、猫と鼠の物語として聞くべきでない。
荒れ鼠というは日夕我が心の中を狂い廻る煩悩妄想、これを捕らえんとする勝軒はこれ我が客気、捕らえんとする間は、まだまだ修養の出来たものではない。自然にその鼠がおらなくなる境涯、孔子のいわゆる心の欲するところに従って矩をこえずで、彼の道元禅師の『水鳥の行くもかへるもあとたえて されども道は忘れざりけり』といわれた地に至らねばならぬ。
この家の主人勝軒は老猫のこの教訓を聞きて、感にたえず進み出でて剣道の極意を問う、次の文は、
■本文■
勝軒夢のごとくこの言を聞いて出て、古猫に揖して(お辞儀して)曰く、
我剣術を修すること久し、未だその道を極めず。今宵各々の論を聞いて我が道の極意を得たり、願わくはなおその奥義を示したまえ。
猫いう
否 我は獣なり、鼠は我が食なり、我何ぞ人のことを知らんや。然れども、われひそかに聞きしことあり。
それ剣術は専ら人に勝つことを努むるにあらず 大変に臨みて生死(しょうじ)を明らかにするの術なり。士たるもの常にこの心を養い、その術を修せずんばあるべからず。
故にまず生死の理に徹し、この心偏曲なく、不疑不惑、才覚思慮を用ゆる事なく心気和平にして物なく、潭然として常ならば変に応ずること自在なるべし。
この心わずかに物ある時は状(かたち)あり、状ある時は敵あり我あり、組対して角ぶ(くらぶ)、
かくの如きは変化の妙用自在ならず 我が心まず死地に落ち入て霊明を失う、なんぞ快く立って明らかに勝負を決せん。たとえ、勝ちたりとも、盲勝ちというものなり、剣術の本旨にあらず、
無物とて、頑空をいうにはあらず。心もと形なし、物を蓄うべからず。わずかに蓄える時は、気もまたそこによる。この気わずかによる時は、融通豁達なることあたわず。
向かうところは過ごして向かわざるところは不及なり。
過ぎる時は勢い溢れてとどむべからず。不及なる時は飢えて用をなさず。共に変に応ずべからず。
我がいわゆる無物というは 蓄えず よらず 敵もなく我もなく物来るに随って応じて迹(あと)なきのみ。易曰、無思無為、寂然不動感而遂通於天下之故。この理を知って剣術を学ぶ者は道に近し。
□解説□
剣術は他に勝つことを努むるにあらず、大変に臨みて生死を明らかにするにありの一語は、言い得て最も妙なるもの、勝とう勝とうすれば我慢があり、負けまい負けまいすれば無理が出来る、無理や我慢で勝てるものではない。大事変の時にあたりても、泰然自若として行くのは生死を明めるの外はない。
この老猫はなかなか学者、最後に易の語を引き来って、自己の論旨を結んで居る。その文に、
易曰、無思無為、寂然不動感而遂通於天下之故。
この理を知って剣術を学ぶ者は道に近し。
と、これは周易繋辞伝の下に、『それ易は思うことなきなり、為すことなきなり。寂然不動なれば感じて天下の故に通ず、天下の至神にあらざればそれ孰(いず)れか能く此に与(あずか)らん』とあるので、
心に妄為なき時は、心中寂然として動かず、動かざるが故に能く感じて天下の事の故(わけ)に通ずることが出来るというので
寂然不動までは易の体を説き、感じて以下は易の用を述べたので、正にこれ敵もなく、我もなく、物来るに随って応じて迹(あと)なき剣道の極意を示したもので、
我等の修養に於いても、心澄んで鏡の如き体を得て、能く万象を映して迹なきの用を示すことが出来るので、
彼の風、疎竹を過ぎて、竹に声をとどめず、雁、寒潭を渡りて、潭に影をとどめざる如くに、無心にして自然に応ずることができれば その体を得、用を尽くしたものである。
■本文■
勝軒これを聞きて、
何をか敵なく我なしという。
猫曰く、
我あるが故に敵あり、我なければ敵なし、敵というは、もと対峙の名なり、陰陽水火の類のごとし、およそ形象あるものは必ず対するものあり、我が心に象(かたち)なければ対するものなし。対するものなき時は比ぶるものなし、これを敵もなく我もなしという。心と象と共に忘れて潭然として無事なる時は、和して一なり、敵の形をやぶるといえども我も知らず、知らざるにはあらず、ここに念なく、感のままに動くのみ。
□解説□
天地のものはことごとく相対的で、陰あれば陽あり、火あれば水の冷ややかなるあり、長といえば短、黒と言えば白、方といえば円、苦といえば楽、善といえば悪、そもそもまた生といえば死と、何事もことごとく相対峙しているもので、
ここに我というものを立つれば、我以外の彼というものがあり、こちらを自とすれば、あちらは他、自他彼我各々相対するが現象界の相当である。
しかしこれは相すなわちスガタの上からいうたので、その本体の上から見れば長にあっても、短にあっても、黒にあっても白にあっても、方にあっても円にあっても変化のあるべきものでない、
物を二個以上比較して見るから別々に上がるのであるが、一つしか見なければ、かかる相対差別はない。丸い茶碗に四角な鉢というが、その茶碗や鉢の本体たる土の上から見れば方円は絶やしている如く、宇宙間の森羅万象個々差別の上にこそ相対するものがあるが、その本体の上には万法一如でことごとくこれ渾融して全一となる。全一の上に何の対比かあるべき。
この道理は哲学上の理屈となるから詳しいことはここにつくすことは出来ないが、我が心もまたこの如く、その本体は平等一如のものであるのに 我という考えが起こるものであるから彼という考えが相継いで起こり、我を中心として彼を見るが故に愛憎好悪の心動いて、寂然不動なることを得ないのであるが
我という考えも棄ててしまえば主観の心は客観の象と共に相忘れて、我他一如となって、一点の曇りなき
明鏡の物の来るに随ってその影をうつし、去るに任せて影の消ゆるが如く 感のままに動くことができるのである。
これ即ち寂然不動にして感じて天下の故(こと)に通ずるの理である。更に語を次ぎて、
■本文■
この心潭然として無事なる時は、世界は我が世界なり。是非好悪、執滞なきの謂なり。皆我が心より苦楽得失の境界と為す、天地広しといえども、心の外に求むべきものなし。古人曰く、
眼裏有塵三界窄心頭無事一生寛
眼中わずかの塵沙の入る時は眼開くこと能わず。元来物なくして明らかなる所へ、物を入るるが故にかくの如し、この心のたとえなり。
□解説□
と。前にもいう通り、心に物なき時は対比すべきものがないから是非好悪の念に滞ることはないが、一念動くときは我あり彼あり、ここにおいて苦あり、楽あり、得あり、失あり、そのために迷い迷うて公明なることが出来ないものであるが、我が心をして潭然として無事ならしむれば いわゆる六合(りくごう・世界)我が闥(たつ・門)にありて、天地は我が心の中に備わる。三界唯一心、心のほかに何物もあるべきでない。
よしあしのうつる心の水鏡 よくよく見ればわが姿なり
といわれたような絶対の境に至れば、世界は即ち我が世界たることを得るので、古人の語にも この眼の中に 少しの塵でも入れば三界の大なるも狭く見えるし、心に事なければ一生寛濶であるというのがある。まことにその通りで広い世間を狭く渡るのも、心からなれば、わずかな一生を永く楽しむのもまた心からである。この心に物なきを得ば、我が心即ちこれ天地万物はことごとく我に備わって天地と我と一体となることが出来る。大は万処を絶し細は微塵に入り、与奪縦横、活殺自在なる我が心。この心を把持するというは、小なる相対的なる我に執着せずして、大なる絶対的なる我を認むることである。
無住法師の語に『聖人は常の心なし、万人の心を以て心とす』とある。この万人の心、即ち我が心たるを得て感じて通ずるの妙用は現れるのである。さてこの誰のものでもない、我が物である。老猫さらにその事を説いて、
■本文■
また曰く、千万人の敵の中にあってこの形は微塵になるとも、この心は我が物なり。大敵といえどもこれを如何ともすること能わず。 孔子曰く 匹夫もその志を奪うべからずと、もし迷う時はこの心かえって敵の助けとなる。
我という所ここに止まる ただ自反して我に求むべし。師はその事を伝え、その理を暁す(さとす)のみ。その真を得る事は我にあり。これを自得という 以心伝心ともいうべし。教下別伝ともいうべし。
教えを背くというにはあらず、師も伝えること能わざるをいうなり。ただ禅学のみにあらず。聖人の心法より芸術の末に至るまで自得の所は皆以心伝心なり。教下別伝なり。教えというは、その己にあって自ずから見ること能わざる所を指して知らしむるのみ。師よりこれを授くるにはあらず。
教えることもやすく、教えを聞くこともやすし、ただ己にある物をたしかに見付けて我が物にすること難し。これを見性という。悟とは妄想の夢のさめたるなり、学というも同じ、かわりたることにはあらず。
□解説□
我はこれ他人にあらず、その他人にあらざる所、自己人格の中心なり。白刃もって我が形骸を斬るべし。しかも我がこの心はその為に 如何ともすることは出来ない。熱火もって我が身を焼くべし。しかも我が志はその為に左右することは出来ない。この心は我が物なり。
孔子のいわゆる三軍その師を奪うべきも、匹夫その志を奪うべからずで、古来の志士、白刃の下に従容(ゆったり落ち着いて)笑って死に就き、黄金の前にその節を変ぜざるもの、皆この我が人格の権威に立っているからで、世に尊ぶべきはこの権威、いかなる力をもってするもその自由判断を左右することの出来ないものがあるのである。
然るにこの心を外物のために動かし、我が権威をしてその為に屈せしむる時は、我が心はかえって敵の助けとなるので この道理はなかなか口もって説くことの出来るものでない。
されば老猫も我がいう所はここに止まる。ただ自反して我に求むべしというた。即ち自ら我が心に反省して自分でこれを求め出すよりほかはない。
トップページ 兵法書研究
武術稀少書 武術系古本
ご注文・お問合せ 当サイト
書斎 サイトマップ
|