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剱術秘傳獨修行は、セン園(センは草冠ににんべんに青、文字が無いためカタカナ表記)が書いたものですが、セン園についての詳細はわかっていません。ただ自身の経歴を載せたところに、“幼少より武芸を好んで日夜忘れることはなかったが、家が貧しかったため学ぶことができなかった。むなしく時は過ぎていったが、中年の頃、人の教えにしたがってひとり修行を思い立ち、すこしその通を得たように思うが、時はすぐに過ぎてしまって今年で七十二歳になってしまった。 後略”のような文があることから、師について修行したのではなく、自分の工夫のみで稽古に励んだ人であったと思われます。そのためか、大局的な視点があるように感じられます。

剱術秘傳獨修行の内容は、武術の稽古について要点をついているように思われるので(特に最後の真妙剣のあたりが)、稚拙ですが口語訳もしたいと思います。

剱術秘傳獨修行(剣術秘伝独修行)

   セン園述

自序

ある人難じていわく、古人謂えること有り、人生まれながらにしてこれを知る者に非ず、師に従わざれば、その惑いたること、ついに解けずと。諸芸皆しかり。しかるに子独り修行と称するは、豈 固陋ならんか。予対していわく、物必ず来歴有り、その来歴を推し求むれば、即ち無なり。ここ無にしてこれ有を生ずる至りて、森羅万象得て数うべからざる。剣術もまたしかり。支流多端なれば即ちその業従いて千差万別なり。しかしてその本は一なり。一なるものは即ち固有の業なり。これを父子不伝という。これをもって人毎に一流有り。たとえば人面の同じうして各々異なるが如し。これその性の有する所もって彼に異なり、その之を好むや、もって之を伝えんと欲す。彼有する所に非ずして之を伝う、終身成らざるものなり。嗚呼惑えるかな。性者矯すべからずなり。ただただ能く独りに任せ外に蕩せられずんば、その行い全しかな。これを名付けて、独り修行というのみ。

  寛政戊午之初冬    セン園謹識

 

ある人が私に批判めいて云うには、
「古人はこう云っている、『人は生まれつきこれを知るものではない、師に随わなければ本旨はついに解らないだろう』と。諸芸はみな同じであろう。しかるにそなたの『独り修行』というものは、もしかすると独りよがりなものではあるまいか。」

私はこう答えた。
「ものには必ず来歴が有り、その来歴をずっとさかのぼれば、そこは無である。この無から有を生じて、森羅万象の影響を受け、やがて数え切れないほどになっていく。
剣術も同じである。たとえその元は一つで、固有の技であったとしても、やがて支流が多数でき、それだけ技も増えて千差万別となる。なぜそうなるかといえば、人はそれぞれ他と異なる特性を持つからである。これを父子不伝という。たとえ父から子へでもそのままは伝わらないということである。そして人毎に一流ができるのである。例えば人間の顔は、つくりは同じでも一人ひとり皆違うのと同じことである。
ある人が弟子になにかを伝授しようとするとき、やはりその人が得意とするものを伝えようとする。だがもしそれが弟子にとって得意としないものであった場合、身に付けさせることは難しい。そして迷わせてしまうのだ。
相手の特性を無理に矯正すべきではないと思う。それよりもただよく独りに任せ、他にふらつくことが無いようにさえすれば、彼の修行は全くをみるだろう。これを名づけて独り修行という。」

 

剣術秘伝独修行 巻之上

総論

剣術に諸流あり。その元祖はいずれも名人なりしゆえ、後世までその流儀伝わりたるものなり。しかればいずれを是とし、いずれを非とせん。人々の修行によりて、皆上手になるべき事なるを、彼を誹りこれを駁し、あまつさえ我が稽古の未熟なるを知らずして変流するは、狐疑より出てついに稽古の成就するとき有まじきなり。万稽同じといえども、とりわけ武芸は純気にあらざればその業を得る事なし。

昔漢の李廣将軍狩に出て、草の中の石ありしを虎なりと思い、これを射るに矢の見えぬほど射込みたり。その後石を射るに矢の通ることなし。これ初め草中の石を一心に虎と思い射たりしゆえ、矢筈の見えぬほど射込みたれども、石にも矢の通るかと二気をもって射たるゆえ、その後は一筋も通らざりしなり。

ここをもって剣術は純気を第一とする事なり。されども、気ばかりを修行せんとならば沢庵兵法というものにて、これもまた役に立たず。業は気より生ずといえども、初めは業によりて気満ち、次第に修行積もれば気業一致になる。これまでの稽古はなはだ難しきことなり。粉骨砕身するにあらざれば得難し。師について問うべし。いずれの芸も、師匠無くては独学固陋とてはかどらざるものなり。吉田の兼好がつれづれにも石清水へまいりて麓より帰りしを、先達無きゆえとかけり。 殊に芸術を学ぶには、先達なくては成るまじき事なり。

ここに独修行ということは、勤めに暇なくて師について稽古することならざるか、寒郷の師友なき輩か、貧家にて志はあれども師匠取りのならざる人の為に記しおくものなり。師なくては成就しがたき事なるを、独修行と書きたるを難ずる人もあらんか、その訳を左に記す。とくと合点して見給え。

 

剣術秘伝独修行 巻之上

総論

剣術に諸流あり。その元祖はいずれも名人であるがゆえ後世まで流儀が伝わっているものである。ならばいずれの流儀を是とし、いずれの流儀を非とするというのか。それぞれの修行によって皆が上手になるべきところを、あれを批判しこれには反駁し、自分の稽古が未熟なのを棚に上げて流儀を変えるようになってしまっては、疑い迷う心が満ちて結局稽古の成就することはないだろう。とりわけ武芸は純気にならなければその技を得ることはできない。

昔、漢の李廣将軍が狩りに出た時、草の中の石を虎と思いこみ、これを射ったところ矢の見えぬほど射込んだという。その後で石を射ったが矢が通ることはなかった。これははじめ草の中の石を一心に虎と思って射たから矢筈の見えぬほど射込めたが、石にも矢が通るものだと二心で射ったためその後は一度も通らなかったのである。

これでわかるように剣術は純気を第一とするものだ。しかし、気ばかりを修行しようとすれば沢庵兵法(理法・心法に偏向した剣法)というものになって役に立たない。技は気より生ずというが、はじめは技によって気が満ち、次第に修行が積もれば気技一致になる。ここまでの稽古は非常に難しいものだ。粉骨砕身の修行を経なければ得られない。
師に就くべきである。いずれの芸も師匠なくては独学固陋(ひとりよがりなもの)となって、はかどらないのである。吉田兼好が石清水まで行って上に社があることを知らず麓で帰ってきたのは先達が無かったからだという。特に芸術を学ぶには先達は無くてはならないものである。

ここに独り修行というのは、勤めに忙しく師について稽古することができないとか、僻地にいて師匠や友人がいないとか、貧乏のため志はあれども師匠に就くことができない者のために記すものである。師無くては成就しがたいことなのに独り修行とはいかがなものかと批判する人もいるであろうが、その理由をこれから記すからとくと合点して見給え。

 

元祖の元祖、ずっとの元祖をたずねれば、無きをもって知るべし。人々の好む所の怠らざる、純気の堅固なる所より自得したるものなり。その一心の堅固を感応ありて、神霊の助け給う事もあるべし。管子に、これを思ひ是をおもひ、又重ねてこれをおもふて通ぜざれば、鬼神是を通ぜんとすといえり。これみな、純気のなす所なり。しかれども、思うばかりにて業につとめざれば、鬼神もいかんともしがたし。論語にも、終日食はず、夜もすがら寝ず、以て思ふ、益なし、学ぶにはしかずと、孔夫子ものたまえり。

剣術に神伝の夢想のという事あるは、右にいう如く、真実心を神も感じ給い、神力によりてその道を得たるものなるを、自らつとめずして、仏神さえ祈れば上手になると思うは愚かなる事なり。神伝なればとて、神も毎日来臨ありて御指南もなさるまじ。夢想なればとて、毎夜夢にも見るまじ。数十年骨をおりたるうえにては、一言聞きても合点する事あれども、一言の教え一夜の夢ぐらいにて、一向知らぬ道を言下に大悟するという事はあるまじきなり。自己の勤めにあらざれば、いずれの道も得難し。

 

元祖の元祖、ずっと元の元祖をたずねれば無である。その元祖が得意とする所を怠らず堅固な純気をもって修行して自得したものが流儀である。その一心に感応して神霊が助け給うこともあったであろう。
管子(中国春秋時代、斉の名宰相)に「これを思ひ是をおもひ、又重ねてこれをおもふて通せざれば、鬼神是を通ぜんとす(鬼神が通そうとしてくださる)」という。これみな純気のなす所である。
しかし思うばかりで技に努めなければ鬼神もいかんともしがたいであろう。論語にも「終日食はず、夜もすがら寝ず、以て思ふ、益なし、学ぶにはしかず」(食事もせず睡眠もとらず考えても得るものはなかった、学ぶにしくものはない)と孔子ものたまっている。

剣術に神伝や夢想というのがあるのは、今述べたように修行者の真実まっすぐな一心を神も感じ給い、神力によってその道を得ることができたということである。それなのに自ら努めもせずに仏神に祈りさえすれば上手になれると思うのは愚かなことである。いくら神伝とはいえ神様も毎日来臨して御指南はなさるまい。夢想といえど毎夜夢に見るものでもあるまい。
数十年骨を折ったうえならば一言聞いても合点することはあるかも知れないが、一言の教えや一夜の夢ぐらいで、よく知らぬ道をすぐに大悟するということはあり得ないことであろう。自分の努めがなければいずれの道も得難いものだ。


流儀多端なる中に、その構え各々異なるなり。上段を専とするあり、青眼を重とするも有り、入身を第一とするもあり。これ皆、元祖の得手の残りたるものにて、実は手僻なり。その手僻を流儀と名づく。剣術のみに限らず、手跡なども先師の手僻を流儀と称する事にて、一偏なるようなれど、生質より出て自己の持ち前なれば、父子不伝の流儀なりと知るべし。外より見れば損なるように見ゆる仕方も、その人は自得したる所なるゆえ、いつも勝ちを取る事なり。

師たる人は、人々の持ち前を取り立てて指南すべき事なるを、我が得手を弟子にもなさしめんとする故、弟子の生まれ付きて得ぬ所を強いて、得たる所を押さえ付けられ、修行成就せざるのみならず、後には退屈して稽古を止むるか、さなくば変流するようになりゆく。孟子曰く、事は易きに在りて、難きに求むと。これもまたこの意に合す。人々固有の業あれば、その天性を取り立てるを名師という。なお下の巻秘伝の部にしるす。熟得すべし。

流儀は多端(たくさんの支流がある)であり、その構えは各々異なっている。上段を専らとするものもあり、青眼(流儀により晴眼・星眼・正眼等)を重要とするものもあり、入り身を第一とするものもある。
これは皆、元祖の得意手が残っているものであって、実は手癖である。その手癖を流儀と名付けているのだ。剣術にかぎったことではない。手跡(文字書き)なども先師の手癖を流儀と称している。
偏ったものに見えても、生まれつきの特性より出た自分流の持ち前なのである。外から見れば損の多いやり方に見えてもその人にとっては自得したものなのでいつも勝ちを取ることができる。父子不伝(父から子にさえそのままは伝わらない)のものであると知るべきである。

師たる人は、その人その人の持ち前を取り立てて指南すべきであるのに、自分の得手を弟子にもさせようとするため、弟子の生まれつき足りない所を無理強いし、生まれつき長じているところを抑えつける。そのため弟子は修行の功が薄いのみでなく、退屈して稽古を止めるかあるいは流儀を変えるようになってしまう。
孟子は「事は易きに在りて、難きに求む(人の行うべき事はたやすいものなのに、わざわざ難しいものだと考えている)」と云っている。
人それぞれ固有の技があり、その天性を取り立てることができる者を名師という。なお下の巻秘伝の部に記す。熟得するべし。

 

治に乱を忘れずということあれば、平日事なき時も剣術を心懸くるべき事なり。臣士たるもの不慮に君父の難に逢いたる時、心は弥猛に思うとも、剣術をしらざれば、その身も疵を蒙るのみならず、仕出したる事もなくて、却って不忠不孝の誹りを受けんは、口惜しき事にあらずや。されば、身体髪膚は父母に受けたり、毀傷ざるは孝の始めとすと、孝経に見えたり。剣術は身の垣なれば、毀傷らざるは習練にあり。戦陣に勇なきは孝にあらずと、曽子ものたまえり。勇気をたくましくするは、武芸を学ぶにあり。明の戚南塘も、剣術を学べば肝太くなるといえり。弓・馬・鎗・薙刀・柔術・取手も、武士の嗜むべき芸なりといえども、とりわけ一剣は、上下おしなべて常に身に帯するものなれば、第一に頼みとするものは剣術なり。

元来、武は戈を止むると書きたる文字なれば、学び置きて生涯用立たぬは、実に武道冥加の武士と称すべし。乱れたるを治め、暴虐を鎮め平らぐるは武の徳なり。無益の事に用ゆべきものにあらず。一時の怒りに人を害し其の身を亡ぼすは、不忠不孝と称して手柄とはせず。

治に乱を忘れずというくらいであるから、普段事なき時も剣術を心懸けるべきである。臣士たるもの不慮に主君や尊父の難事に逢った場合には、心がいかに激しく奮い立とうとも剣術を知らなければその身に傷を受けるばかりか、仕始めることも出来ず不忠不孝の誹りを受けることになっては口惜しいことではないか。「身体髪膚(しんたいはっぷ)は父母に受けたり、毀傷(そこないやぶら)ざるは孝の始めとす」と孝経にも見える。剣術は身の垣であり、毀傷らざるは修練にある。「戦陣に勇なきは孝にあらず」と曽子ものたまっている。勇気をたくましくするには武芸を学ぶがよい。明の戚南塘も剣術を学べば肝太くなるといっている。弓・馬・鎗・薙刀・柔術・取手も武士の嗜むべき芸であるが、とりわけ剣は上下おしなべて常に身に帯するものであるから、第一に頼みとするものは剣術である。

元来、武は戈(ほこ)を止むると書く文字であれば、学んでおいて生涯用いずに済むという事は、実に武道の本意に即した人生と称するべきことである。
乱れを治め、暴虐を鎮め、平らかにするのは武の徳である。無益の事に用いるべきものではない。一時の怒りで人を害し、自分の身を滅ぼすのは不忠不孝であって手柄にならぬものだ。

いずれの芸も同じといえども、とりわけ武術を修行する者は、必ず他を誹謗するべからず。皆利方あればこそ、世に伝わりたるものなり。そのうえ彼は彼を是とし、我は我を是として、その論更にやまず、後には争論おこり、詮無きことに身命を果たし、流儀に疵をつけ師の名まで穢すことあり。慎むべきの至極なり。荘子にも、是非彼我は環中の如しと云えり。一たび門に入りて、教えを受けたる師を貴び、真実に心を他に馳せずして修行する時は、師にもまさりたる上手となるべし。

この流儀は面白からず、彼の流儀こそ利方よしと、彼をまなびこれを習い、心散乱して一途ならざるものは、ついに一流を学び得ることなし。一流を極めたるうえは、弘く諸流をも修行の為に見るも可なり。されども、仕合せず弟子になりて学ぶべし。少量なる人は、弟子となる事を恥れども、孔子も常の師なし、三人行うときは必ず我が師ありとのたまえり。

いずれの芸も同じだが、とりわけ武術を修行するものは決して他を誹謗してはならない。皆それぞれの利点があるからこそ世に伝わっているのだ。
それを、彼は彼を是とし、我は我を是として論ずれば後には必ず論争が起こり、詮無きことで命を果たし、流儀に傷をつけ師の名まで汚すことになる。至極慎むべきことである。
荘子にも「是非彼我は環中の如し」という。
ひとたび門に入ったら教えを受ける師を貴び、真実の心で、気持ちを他にやらずに修行するならばきっと師にも優る上手になるであろう。
この流儀は良くない、あの流儀なら良さそうだと、あれを学びこれを習い、心が散乱して一途でない者は結局一流も学び得ることはできないものだ。
一流を極めたうえならば、広く諸流を修行のために見ることも良いだろう。ただし、仕合いをせず、弟子となって学ぶべきである。度量の狭い人は弟子となることを恥じるものだが、孔子も「常の師なし、三人行うときは必ず我が師あり(私に普段の師はいないが三人で事を行えば必ず手本とする人がいる)」とのたまっている。

世俗、義経の虎之巻と名付けて秘蔵する輩あり。今その巻物を見るに、仏神の像などをえがきて、兵法の事はひとつもなし。埒もなきものなり。義経の兵書を鬼一法眼より伝え給うという事は、旧記にも見えたり。その兵書は六韜三略なり。文韜・武韜・虎韜・豹韜・犬韜(龍韜)を六韜という。巫覡の輩、この虎韜になぞらえて虎の巻といものを作りて人を惑わすと見えたり。信ずべからず。

すべて武士たるものは、惑いのなきを第一とす。少しも惑うときは、勝利を得難し。されば孫子にも、人を致して人に致されずとあり。楠正成が天王寺の未来記、源の義経の宇佐八幡の歌、これら味方の兵気を勧め、敵の気を挫く謀にて、人を致すなり。義経、宇佐八幡の内陣へ人を廻し、

  世の中の うさには神も なきものを なに祈るらん 心づくしに

と詠じさせたるに、折りふし平家の公達参籠して、この哥を聞いて大に力を落とし、入水するというて遁れたるもあり、落ち行きたるもありて、ついに平家はほろびたり。

良将は人を致し、愚将は人に致さるる所を見るべし。楠が未来記もまたかくのごとし。いつの時にか有りけん、正成敵と組みて下に成りたり。正成いわく、汝は大将の首の取りようを知りたるか、彼の敵このことばを聞きて少し思案するあいだに、はね返して打ち取りたり。剣術者流の心得べき事なり。

世に、義経の虎之巻と名付けて秘蔵する者がある。今その巻物を見ると、仏神の像などを描いてあるのみで兵法のことは一つもない、つまらないものである。義経の兵書が鬼一法眼より伝え来たというのは日記にも見えるがその兵書は六韜三略である。文韜・武韜・虎韜・豹韜・犬韜(龍韜)を六韜という。巫覡(みこかんなぎ)の輩(占い師など)、この虎韜になぞらえて虎の巻というものを作って人を惑わしている。信じてはならない。
すべて武士たる者は惑いが無いことを第一とする。少しでも惑いがあれば勝利は得難い。孫子(の兵法)にも「人に致して人に致されず」とある。
楠正成の天王寺の未来記、源義経の宇佐八幡の歌、これらは味方の兵気を高め、敵の気を挫くはかりごとで人を致したものである。
義経が、宇佐八幡の内陣に人を廻し、
   世の中の うさには神も なきものを なに祈るらん 心づくしに
と詠じさせた時に平家の公達が参籠してこの歌を聞いて大いに力を落とし、入水するといって逃れたものもあり、落ち行くものもあって、ついに平家は滅んだのである。

良将は人を致し、愚将は人に致される所をみるがよい。楠の未来記も同じことである。いつのことか正成が敵と組み合って下になってしまった時、正成は「汝は大将の首の取り方を知っているか」と問うたところ、敵は少し思案したのでその隙にはね返して討ち取ったという。剣術者の心得るべき事である。

人々の差料定まらず。長剣を好むものあり、短刀をすく人も有りて、長短定まらず。されども、長きに利有るにもあらず、短きとて損なる事もなし。我より業の劣りたらん人ならば、長くも短くも自由になるものなり。我より勝りたる敵ならば、長剣は邪魔になり、短刀は届かずして、後れを取るべきなり。さりながら、たいてい提げて切先の地を払わぬを用ゆべし。人に長短あれども、これを矩とす。但し、三尺以上の野太刀は格別の事なり。

大小の拵は、いかめしくなく目に立たずして、しかも丈夫なるを良しとす。中子は頭まで届くほどなるがよし。中子の短きは、つり合い悪しく柄のおれる事あり。柄の太きは、手にはばかりて打ち落とさるるものなり。目貫は、逆めぬきを好むもの有り、太刀目貫ともいう。これも異ようなるべきか。元来むかしは目釘おさえにて、目釘の抜けぬために、目貫にて押さえしを、今は目貫をよけて、見えばかりにかかわるなり。実事を失えり。

皆が差す刀の大小はそれぞれ異なる。長剣を好む者もあれば短刀を好く者もあって長短の定めがない。しかし、長いから利があるわけでもなければ、短いから損ということもない。自分より技の劣る相手ならば長くとも短くとも自由になるものだし、自分より優る敵であれば長剣は邪魔になり、短刀は届かないため後れをとるだろう。
とはいえ、まずひっさげて切先が地に触れぬものを用いるのがよいだろう。 人によって長短はあってもこれを基準とすればよい。ただし三尺以上の長太刀はまた別である。
大小の拵はいかめしくなく目立たず、しかも丈夫なものがよい。中子は頭まで届く位がよい。中子が短いとつり合いが悪くて柄が折れることがある。柄が太いと手にいっぱいになって打ち落とされるものだ。目貫は逆目貫を好む者があるが、元来昔は目釘おさえであって目釘が抜けぬように目貫で押さえたものを、今は見栄ばかりにこだわっている。実事を失っているのだ。

仕合のうえの組み討ちには、柔術・取手は用に立ちがたし。相撲をよしとす。相撲は垂仁天皇の御宇に始まり、禁裏の節会にも行われしが、今は絶えたり。昔は大名もみな相撲をとりたりし事、旧記に見えたり。当時は賤しき業のようになりゆきたり。剣術も、昔は形ばかりにて、仕合のなき流儀多し。近頃は諸流共に仕合を重とす。剣術は、甚だ委しくなりたり。形ばかりを稽古して仕合をせざれば、常にはこれにて勝ちを取らんと思えども、勝負にかかりては存の外なるものなり。また杭の背丈なるを立て、突と名付けひとり修行する人あれども、杭は死物なるゆえその益無し。とかく活物を相手にするにあらざれば、稽古には成りがたし。また、敵はいかようにするとも、この太刀一本と定めたる流儀有り。安心堅固にして純気に似たれども、勝負にかかりては如何あらんか心得がたし。
すべて形というものは、止む事を得ざるより設けたるものにて、形にあらざれば入りべきよう無きゆえ、剣術の筌蹄にて、手習うもののいろはなり。

仕合いのうえの組み討ちにも柔術・取手は役に立ち難い。相撲が良い。相撲は垂仁天皇の御宇にはじまり、禁裏の節会(御所の宴会)にも行われたが今は絶えてしまった。昔は大名もみな相撲をとったと旧記にも書いてある。だが当今は昔にくらべれば卑しくなってしまったようだ。
剣術も昔は形ばかりで仕合いのない流儀が多かったが、近頃は諸流ともに仕合いを重要としている。
昔にくらべれば甚だくわしく(精査・洗練)なったのだ。 形ばかり稽古して仕合いをしなければ、常にはこれで勝ちを取れると思っていても、勝負となれば思いの外のことがあるものだ。
また背丈くらいの杭を立てて、突と名づけて独り修行する人もいるが、杭は死物であるから益は無い。とにかく活き物を相手にしなければ稽古にはならない。
また敵がどのように来ようともこの太刀一本と定めてある流儀もある。安心堅固で純気に似ているが、勝負となればどうなるかものか分かるものではない。
すべて形というものは、実際には残すことができないものを残すために設けられたものであって、形がなければ入ることが出来ないからあるのであり、剣術の手引き、イロハなのである。

 

世に口決・秘伝・免許・印可という事あり。口決は、書に書き記さずして、詞にて教ゆるを云う。心付けぬ事も、言下に合点するなり。秘伝というはみだりに教えず、人に知らせずして伝うる事のようなれども、さにはあらず。その人にあらざれば、子弟といえども伝えがたし。

孔子の吾が道一ツ以てこれを貫くと仰せらりしを、曽子は直に合点して唯々と答えられしなり。唯々は速やかにのみこみたる返答なり。外にも同じように聞きたる者あればこそ、孔子のその坐を立ち給いたる跡にて、今の一ツ以てこれを貫くと仰せられしは何の事ぞと尋ねたるに、その合点のゆくまじきを知りて、忠恕のみなりと答えられしなり。

忠とは、他人の事を我が事のごとく少しも如才なくするを云う。恕とは、我が厭と思うことは人も厭ならんと思いやりてせざるをいう。しかれども忠恕といえば、一つにあらず、止む事を得ざるの答えなり。
秘伝と云うもかくのごとし。合点のゆく人にあらざれば益なし。畢竟口決・秘伝は修行にありと知るべし。免許・印可の励みの一助なれども、いずれの芸もこれまでなりという限りは無し。終身の勤めなり。

世に口決・秘伝・免許・印可という事がある。
口決は書に書き示さずに言葉にて教えることをいう。気付かぬことも言下に合点する。
秘伝というものはみだりに教えず、他人に知らせずに伝えることのように思えるがそうではなく、その人がその秘伝を理解できる位(くらい)に達していなければ子弟といえども伝わらないということである。
孔子が、我が道は一つを以てこれを貫くと仰せられたのを、曽子はすぐに合点して唯々と答えられた。唯々とは速やかに理解しましたという返答である。ほかにも同じように聞いていた者があったが、孔子がその座を立った後に、今の「一つを以てこれを貫くと仰せられたのは何のことか」と尋ねてきたので、曽子はその者が合点がいっていない事を知って「忠恕」だと答えた。
忠とは他人のことを我が事のように少しも如才なくすることを云い、恕とは自分が厭に思うことは相手にもしないことを云う。とは云っても「忠恕」というのはやむをえずの言葉なのであって本当の広く深いところは伝えきれないのである。
秘伝というものはこのようなものである。合点がいく人でなければ理解もできず役にも立たない。要するに口決・秘伝は修行にありと知るべきである。免許・印可を受ける励みも一助にはなるとしても、いずれの芸もこれまでという限りの無い、終身の勤めである。

 

ある名人先生門人を教ゆるに、他流のごとく許可という事なく、先流あればその流儀にて取り立て、神文もとらず秘ジ・口決ということもなかりしと聞く。実にありがたき剣術の大道師と称すべし。されども古より大将と仰ぐには、壇を築き斧鉞を授けて重んずる事有り。少しの事を伝うるにも、斎戒沐浴のうえにて吉日良辰をえらぶ事は、道を重んぜさせんためなり。

一遍には論じ難し。口決秘伝を受けずとも、修行功積もれば自然に自得する期あるべし。自得ほど丈夫なる事はなし。諸芸ともに器用・不器用あれども、孜々として勤めて怠らざる者、ついにその道を成就す。人一たびして能くすれば、己これを十たびす、人十たびして能くすれば、己これを百たびすといえり。大師の御歌にも、

  嗜と功 上手と三ツをくらぶれば
       すきこそ物の 上手とはなれ
とかく退屈せずして、励みつとめるに有り。

ある名人先生が門人を教えるのに、他流のような許可ということもなく、先に修行した流儀があればその流儀にて取り立て、神文(起請文)もとらず秘事・口決ということも無いと聞く。実にありがたい剣術の大道師と称すべきである。
しかしながら、古えより大将を任命するのに壇を築き権力の象徴を授けて重んずることもある。このように少しのことを伝えるにも斎戒沐浴のうえで吉日良辰を選ぶことも、道を重んじさせるためには必要なことである。
一概には論じられないことだ。口決秘伝を受けなくても修行の功が積もれば自然に自得することもあるだろう。自得ほど丈夫なものはない。諸芸ともに器用な人、不器用な人はいるが、一心に努力して勤めて怠らなければやがてはその道を成就できる。
人が一つすれば自分は十度す、人が十度すれば自分は百度すという言葉もある。
大師の御歌にも
     嗜と功(すきとこう) 上手と三ツをくらぶれば
       すきこそ物の 上手とはなれ
 という。とにかく退屈せずに励み努めることが大切である。

 

流儀により、種々の構えありといえども、この図の内を差畧したるものにて、かわりたる事なし。
流儀によって種々の構えがあるが、この図のものが適宜変わったものであって、たいして違いがあるわけではない。

 右図:上段の構え  左図:下段の構え

 上段右斜剣 右図:右より 左図:左より

 右図:下段右斜  左図:下段左斜

 右図:右一文字  左図:左一文字

 右図:左肩へ受流し 左図:右肩へ受流し

剣術の業も千変万化なれども、上段、下段、上下の斜、横一文字、突きより外の仕方は無きものなり。かくいえば、難しきことも無きようなれども、修行功積もらざれば、手に入らず。心弥猛に思うとも、相手に対しては自由にならぬものなり。修行のしかたは、下巻秘伝の部に記すゆえ、ここに略す。

剣術の技は千変万化ではあるが、上段、下段、上下の斜め、横一文字、突き、の他には無いものだ。だがこう言えば難しくないように感じるかもしれないが、修行の功が積もらなければ出来るようにはならない。心がどんなに勇み立っても、いざ相手に対した時は自由にならないものだ。修行のしかたは下巻秘伝の部に記すのでここでは略す。

世俗の言い習わしに、鞘留、楊枝がくれ、あるいはかなしばり、摩利支天の法などという事あり。名高き剣術先生といえども、文盲なる人はかようの偽説に惑わされて、我が心からしばらるる事あり。剣術を心懸ける者慎むべき事なり。昔ある比丘、庵室を立ち出て夜行せしに、思わず蛙をふみ殺し、草庵に帰りて思うよう、我この数十年来、五百戒をたもちて怠らざりしに、今宵殺生戒を破りたる事の悲しさよと、くよくよと思いながら寝たる夢に、数多の蛙来て、汝比丘の身にて我を踏み殺し、殺生戒を犯したりとて、終夜比丘を責めたり。夜あけて彼の所に行きて見れば、蛙にはあらで、くされ縄なり。惑いとけて、何の障りもなし。これみな、我が心の迷いより起こる所なれば、常々心懸け、理を明らかにすべき事なり。

世の中でいわれていることに、鞘留め、楊枝隠れ、あるいは金縛り、摩利支天の法(護身、隠身、遠行などの法力)などというものがある。名高い剣術先生でも文盲な人はこのような偽説に惑わされて、自ら心が縛られることがある。剣術を心懸けるものは慎むべきことである。
昔ある仏僧が夜、庵を出て歩いているとき思わずカエルを踏み殺し、草庵に戻って「我この数十年、五百戒を守って怠らなかったのに、今宵殺生戒を破ってしまったのはなんと悲しいことだ」とくよくよしながら眠りについたところ、夢に多くのカエルが出て来て「汝、仏僧の身で我を踏み殺し殺生戒を犯したり」と一晩中仏僧を責め続けた。夜が明けて昨日の場所に行ってみると、カエルではなくてただの腐れ縄だった。それで仏僧は惑いが消えて何の障りもなかった。
これはみな自分の心の迷いが元で起きるのであるから、常々心懸けて理を明らかに心に持つべきである。

下巻へ続く


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