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父宗矩の「兵法截相心持之事」や「玉成集第三集」とほぼ同じ内容のもので、まとめ直したもののようです。新陰流の大切な心構えが一通り述べられています。

兵法目録

柳生十兵衛

一 兵法の習い色々これ有りといえども別に用いず

一 打ち出す所を勝つ歟(か)
一 打ち出さぬ者には仕懸けて打つ所を勝つ歟
一 それを知る者には、わが打ちを見せてそれを打つ所を勝つ歟

この三つなり。これよりほかは なきものなり。然るゆえに当流には、太刀構えを用いず、構えもなく、わが心に打たんと思う所を見せず、所作を敵に見知られず、躰もなきようにする事、当流の根本とする所なり。

一 太刀構えを習い、そればかりをよきと思い、敵にしたがわず、我心ばかりにて打つ事、当流には大きに嫌う事なり。

一 我が身なりのすぐ(直ぐ)なるがよし、そこ(底)の心をはりて、上をゆう(悠)に用いてよし、これ敵のはたらきに のらん為なり。油断なく、この心を持つべきなり。

一 敵の構え、身の懸かり、いか様に懸かるとも、当流には三ツに相極まるなり。これを三ヶ三見という。
 この三ツは敵の身なり。

一 むかう身になす歟
一 右を出す歟
一 左を出す歟
この三ツなり。
これにつき、太刀つかい、かまえは、上・中・下、その品いろいろ有りといえども、三十二、三ならでは(以外には)これ無きものなり。
これをよく極める時は、太刀先三ツなり。
その三ツは、敵の太刀先 
 我がほうになるか、また
 敵のうしろへなるか、
 横になるか、
この三ツなり。

一 習いの数、品々有りといえども、第一に用ゆるは 三ツなり。その三ツには、

一 目付には手字種裏剣
(手字種利剣:しゅり剣は手のうちを見ると云う心持ち也。しゅりハ太刀打つ所、十文字にあたるをしゅりと云う也:「武蔵野」柳生十兵衛)

一 太刀相には水月
(水月之事:敵の身のたけ我身のたけを三尺の習い*のごとくつもる(積もる)也。これより仕かけるほど也。このばを身あしにて取り、しらざるように水月の内へとるをぬすむと云うなり。:「武蔵野」柳生十兵衛)
(*太刀間三尺之積之事:我があし先より敵のあし先までの間を三尺[約90センチ]までよる事を専とす。三尺の太刀にてハ、届くもの也。三尺のうちの太刀にてあたらぬもの也。:「武蔵野」柳生十兵衛)


一 太刀のおさまりには、神妙剣、
(神妙剣事:中スミと云う也。太刀のおさまり所也。すねより帯の間を五寸(約15センチ)四方を心かくる也。:「武蔵野」柳生十兵衛)

この三ツを忘れまじきこと第一なり。

一 病気を去る事、空の調子、捧心、これ手字種裏剣の真の位なり。
(病気を去事:立相候いて、敵のかお 太刀 見たく おくするこころ出てくるもの也。是を病気と云う。この三つを去りて、しゅり剣ばかりに心を付ける事也。:「武蔵野」柳生十兵衛)

(空之調子之事:中段・下段の太刀[は]あがらざれば、きること成らずによって、あがる所へつける調子を用いるなり。 上段の太刀[は]いずれも身をはなれたる構え、 あげる事ならざれば、おろす一つなり。おろす所ハ見えにくきものなり。  是れに付きミえぬさき、あらわれざるさきを心に付くる事専一也。心ハ空也。空はミえぬ所也。:「武蔵野」柳生十兵衛)

(捧心の事:これは心のはっする所をミる心也。空のうちより是をミる事肝要也。ミえざるさきに心をつくるに付てミえると云う也。ミえざるにより、みんと思う心によって能くなる也。この目付はおもいのままにならず候。然るとも是を心がけ候えば、空の調子、一つに去る事*、うごき右の三つの段、目付 残す所無く能く成るによって、ここを専と心がける也。心のはっする所、捧心一つにかぎらずあるべし。ここを気ざさせむ(気指させむ)ために 迎・表裏を用いる也。観にいたれば何事もミえぬと云う事なし。観より一見とミ出し候。捧心也。:「武蔵野」柳生十兵衛)

(*一つに去と云事:病気のうちを うごき一つにされと云う事也。三つは大かたの儀に付きその内にて一つにされと云う儀也。:「武蔵野」柳生十兵衛)



一 切り合いの時、 方々に心懸けることわろし。急にかかって打つか、足身をかかりて打たぬか、待ちにして打ち出さぬか、この心をよく知るべしなり。
待ちにして打ち懸かるは表裏と思うべし。
待ちにして打ち出さぬものは、はたらきをまつと心得るべきこと。

一 水月をとらざるまえに、急に懸かりて打つものは、神妙剣によくうつして、待ちにして勝つべしなり。

一 水月をとらんと思う所を、急に打つもの有り、油断ゆえに打たるるものなり。然るゆえに、水月より前にて、心の下作(下作り)に、

一 水月よりまえにて、懸かりて打つ歟

一 水月をとる所を、仕懸けて打つ歟

一 待ちにして一円(全く)うごかぬ歟

この三ツをかねて下作に思うべし。水月を取る所に、弓断(ゆだん)なき事第一なり。急に懸かりて打つものは、はずすがよし。一足ひらきて勝つべし。
また待ち請けて心すたらねば、無刀には取りよきものなり。水月の場にては、少しも油断なく思いつめて、取る心持ち肝要なり。

一 水月を取りても、打ち出さずして、敵の働きを見て、如何にも待ちに構え居るもの、しかけの事。

一 表裏、迎を本として
  ○敵の気指す処
  ○打ち出す処
  ○一円(全く)思いつかぬ処
  ○とまる処 かたまる処
  ○急にかかる処
この五ツを勝つべし、 気ざしの目付は、手・足・身・眼・捧心、これをもって見るべし。その五ツに我が心の付けたる時、仕かけ懸けるべし。

一 敵 浮き立ちて、水月をとらんとすれども とられざるようにするもの、或いは軽き働きの者あるものなり。それへ急に仕懸ければ、あまされて 打ちそんじる事あるものなり。
それには懸け引きをもって、とまり、かたまらせるように仕懸けて、そのかたまるか、とまるかの所を勝つべし。

一 気さす目付を、太刀にて打つ事悪し。その拍子に身をのせかけ、太刀をひかえて勝つべし。

一 表裏、迎の仕様は、水月にて、我が身に当たらぬ積もり(間合い)を分別し、表裏を仕懸け勝つべし。その仕様は、いろいろの方便、心次第になぶり立ち、ほどを置いて勝たんと思えば、ならずと云う事なし。迎、表裏は仕かけなり。仕かけの心持ちは敵によりいろいろ有るべし。仕かけと云うも敵をとまらせんためなり。敵に油断なく、表裏をつよく仕懸けてなぶり立てれば、後はひとりたおるるものなり。二目つかい*、色に付色にしたがう心持ちを第一に用いてよし。
互いに上手どうしにても、手だては色々有るべき事なり。これは待ちにして打ち出さず、敵の変化を見るものに仕かけようなり。
(*二目遣之事:敵の太刀 色なきといえども、ふかく仕掛けすれば、敵の目付かずと云う事なし。目の付処へくるもの也。太刀に付くか、我がこぶしをミるか、それに心を付けず、宇かりとして居るものあり。その様子を見、それに随い勝つべき也。:「武蔵野」柳生十兵衛)

一 敵の気さす所をしらば、右の表裏、迎の内に気ざしの目付 見ゆるものなり。敵は仕かけ次第になるものなれば、我が心の分別肝要なり。

一 敵打ち出す所を勝つ心持ちは、打つに打たれ、打たれて勝つ心持ち 専とすべし、我が遣う兵法にはあらず、敵に遣わせて勝つこと根本なり。

一 思いつかぬ所の心持ちの事
  立ち合わぬ先も、水月と思い、一円(全く)取り合いなき前より、心をつけて置く事、第一の秘事とする事なり。なお口伝にあり。

一 五つの備わりたる敵、とまりかたまりて待ちなるものには、仕かけに病気をわすれず、神妙剣、観の目付に分別して、心をわきへちらさず、只一すじに思い仕掛くべし。少しも粧う(よそおう)心なく、道を道にたて、正気をすぐ(直ぐ)に仕懸ければ 敵うごかず、先の先と勝つものなり。

一 水月をとるまえに、よくよく心の下作を思い、様子を見る事第一なり。水月を取らんとばかり思いて、敵の懸かるを知らず、打たんとばかり思いて、敵のはたらきを忘れ、行きかかってはとまる事を忘れ、遠きと思いて近きを知らず、敵のはたらきに紛れて太刀打ちを忘れ、目付をうてばよきと思いて敵の変化を見ず、またあまり見過ごしては我がかたまるを知らず。
いろいろの見そこない有る故に、勝口次第 不同なるものなり。 この所をよく点合すべし。

一 うつす所を切る敵の事
  心あるもの、うつす所を打つものなり。心持ち知らぬものも自然と有るものなり。それにかかりようの心持ちは、心月をうつすと、一度に病気を去り、敵うごかば、そのまま勝つべし。うごかず待ちにして切り出さぬものには、すぐ打つ事嫌うなり。その者には、右のごとく病気を去って、足身を仕かけ、能く敵にのりてしたがえば、敵のうごき見ゆるものなり。それをそのまま勝つ心持ちよし。
相寸にては、右の心持ちよくすすめば、無理に打たるもよし、小太刀無刀にては、急にしかくるうちにも、よく見ると思う心持ち専なり。

一 敵十人を別々に勝つものあれども、一人の敵を十度勝つ者は稀なるものなり。十人は心心なるゆえに、打たるる事を知らざるゆえなり。一人の者は、一度負けては、その負けたる所を知る故なり。打たれる所を用心するによりて、打ちにくきものなり、それにより、一度勝ちては、二度仕相せぬものなり。然れども、ぜひなくては二度までは勝つべし。二度目の心持ちは、敵にしたがわず、もとのごとく心得ては成難きものなり。まずまず水月にて、初めのごとく仕掛けるように見せて、色々の表裏をしかけ見れば、敵の用心する所見ゆるものなり。その所をよく見て、用心なき所を勝つ心持ち肝要なり。
おおかたの敵、初めの待ちにて負ければ、二度目には懸かりになるものなり。懸かりにて負ければかわらぬものなり。何事も打ちをかえ、手だてをかえて勝つ心持ちよし。

一 力つよくて懸かりなるもの、急にかかる時は、待ち請けて、遠近の位にて打つべし。待ちにして、つよき者の仕かけは、つよく見せて打ちかけ、敵の強みますように、急にはたらきかける心持ちよし。後まで強くはなきものなり。 その気の怠りを見て勝つべし。敵の強みにしたがって 負けて勝つ心持ち、気に従う事肝要なり。

一 截相(斬り合い)は仕かけと手だてに極まるなり。気指す所の分別をさえ よくよく覚悟すれば、打ち出す所はいうに及ばず、心のかわる初めをかねて油断なければ、敵 何様に働くとも 驚かぬものなり。驚くは、思いつけず 皆油断なり。敵の油断を見付け、その気の間へとりかかれば、いずかたなりとも、我が心次第になるものなり。

一 兵法は、我が遣うにあらず、敵に遣わせ勝つ心持ち専なり。
仕かけ、方便は我が身の習いなり。勝所は 敵にあり
また道理もなく、習いもなく、一心をむねとして、無理に勝つと思うは常の人なり。
その道をしかけて、習いのかけ引き 手だてを知る者を上手と云うなり。
習いをよく知りても、心の働き、手だて無き者は負けるものなり。
とかく兵法は、一心のはたらきに極まるなり。能くその道を鍛錬して、心にかければ、思うのほかに仕かけも手だても出来るものなり。それは習いの外も有るべし。

一 心はうつりよきものなれば、敵はたらき色々の方便をかければ、心うつるものなり。それにものらずして、 無念無想にして、手利剣、捧心を 一心不乱に心にかければ、万(よろず)の事 見ゆるものなり。これ第一の秘事なり。習いをきわめつくして、愚智に帰るの道これなり。

一 無刀の習いの事
  無理に無刀にて取るべきにあらず。兵法の習い、仕なし、無刀より出るによって、当流の極意とするなり。諸道具を自由にする無刀なり。たとえ物を持たずしても、心に敵をはかり、何にても 取り合わせ、うえなき所を無刀というなり。切るべきと思う者を無刀にてとるなり。とられまじきと覚悟の者は、取るべきにあらず。切られねば 取りたる同前なり。然る故に、切らるるように仕懸かる事、無刀第一の心持ちなり。
兵法の習い、仕なし、表裏、気前、心より出るによって、はたらきようすは、心にあり。心は知らず、心しらざる所無刀なり。心のはっする初めを勝ち、おさゆるを当流の兵法という。
その目付ならば、五ツの心持ちにて知るべし。その五ツは神妙剣、捧心、手字種利剣、水月によくうつして、仕かければ、取らずという事なし。手・足・身・表裏は、少しく急の心持ちにてすれば、十人して六人七人、十度して六度七度必ず取るものなり。いにしえの兵法にも、股に首をかえ、少し切られても、多く切るを、兵法の極意とするなり。無刀にては、少し切られても取は第一の上手なり。心に油断なく、気前の働き肝要なり。習いを本として、心を新しくして、気前をよくつかうもの上手なり。
人生まれながらにしてこれを知らず。習いをこまかに詰めて、またその所をも離るる心持ち肝要なり。これ即ち上手なり。これより外は有るべからずなり。

  以上    柳生十兵衛


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