守破離 SHUHARI シュハリ一、兵法書研究二、武術稀少書三、武術系古本四、ご注文・お問合せ五、当サイトについて

佚斎樗山子の「天狗藝術論」の約六十年後に書かれた書です。「天狗藝術論」に対して大きな敬意を払いつつ、理については細やかなのにワザのことは詳しく書いてないため初心者が読むと理ばかり先行してかえって迷ってしまうことを懸念し、再度天狗に登場を願い、初学のあるべき心構えについて説いてもらう形をとっています。著者の古萱軒緑水という人物については、詳細は分かっていませんが文中の言葉から京八流の流れを汲むものと推察されています。

藝術二葉始(げいじゅつふたばのはじめ)

古萱軒緑水(こけんけんりょくすい)

 序

萬木二葉を生じてより、雨露の養いをうけて、枝葉繁り、数丈の大木となり、其の用甚だ世の助けとなる。然れども、其の土地の善悪によりて、雨露育むといえども自然と其の根はびこることなく朽ちてすたりぬ。栄枯、土地の異なるにあり。
およそ藝術を学ぶも、初藝古より師の教えをうけて、その功積もりて名人上手ともなるといえども、其の習う心ばせ(心構え)未熟なれば、いかほど教え励ますといえども、その術至らざる事、万木雨露の育みわたくし無し(平等)といえども、土地の不正によって、其の栄えをなさざるが如し。
ここに初稽古より修行の心持ちを述べて、稽古のたより(指針)にもならむかと、つたなき言葉を綴り、藝術二葉の始となづくるなり。
    古萱軒緑水(こけんけんりょくすい) 自序

 大意

それ剣術は、壱人のために敵する業といえども、上は大将、下匹夫まで、常に帯する刀剣、其の行事(遣い方)を知らずしては有るべからず。且つ剣は一身の楯、敵を亡ぼすの元、武器の最大なり。城を固め備えを儲く(準備する)といえども、干戈(かんか・武器)をふらずしては勝負はあらず。武器多しといえども、首級をあぐる節は腰物に過ぎず(腰に差す刀剣にかぎる)。勝負の上において、つづまる所は刀剣なり。
高祖(漢の始祖・劉邦)は三尺の剣を以て漢楚一統する、武器最上の器なり。然れば、将はいうに及ばず、匹夫の独士たりとも、其の刃をためし用ゆべき事勿論なり。平生鞘に納むるといえども、心は発する事を忘れず。これ武士の嗜む所なり。
しかし、説苑(漢の劉向が撰した説話)曰く、干将(中国古代の名剣)利(とし)といえども、人力を得ざれば自ら断つこと能わずとなり。いかほどわざよき刀をさしても、其の道を知らずしては木刀も同じ。ここを思い、至らざる筆をうごかし、狗尾(くび・粗悪)の智をあぐる。明哲を恥ざるところ罰あるに似たれども、この題号にまた志し起こるも、道のためにもならば、すこしは咎もゆるし給え。

 藝術二葉始 上巻

いつの頃にかありけん、江州(滋賀県)堅田のほとりに、壱人の郷士打ちつづきて住けり。代々家とみ豊かにて従者も多くはごくみ、田園も数ありて、牛馬も多く養い、世渡りのことは家久しき僕に取り捌かせ、我が身は好ける道に遊ぶ事をわざとして光陰をおくれり。
然れども、天性の質実躰(暮らしが地味)、こうとうなるむまれ(実直な性格)にて、遊里好色の事はかつて好まず、近き芝居町の筋も知らず、ただ明け暮れと先祖の武を慕いて、軍法・剣術・弓馬のと、ただ武藝に身をゆだねて、これを朝夕の勤めとも楽しみ共する心より、かりそめにも えならぬ(無益な)遊藝には見むかず、ただ軍書兵術の書に眼をさらし、好色めきたる書物は夢にも見ぬ石辺男(身持ちのかたい男)、とりわき剣術を好み、その道の達人と聞けば、或いは遠きをいとわず足を運び、また我が方へ招請して深き意味をも尋ね、其の術に身力を尽くしぬ。

あるときつらつら思いよう、我数年の間心をいれて(こめて)剣術を習い求むるといえども、いまだに心に入りし術ももとめず。つたえ聞く、鬼一憲海(鬼一法眼・後白河天皇の時代の陰陽師・実在は不詳)は武道に志し深く、ついに其の道に達し、大江のこれとき(大江維時)勅命によりて宋国へ渡り、龍取将軍より伝えきたりし六韜三畧(りくとうさんりゃく)の兵書を勅免を蒙り下し預かり、剣術名高く成りしに、義経これを聞きしめし、弟子となり給いて、剣術ことごとく明らめ、その上かの秘書をも手だてを以て取り出し(義経は鬼一法眼の娘と情を通じて盗み出させたといわれる)、うつし取りたまいて、いやまし秘妙の術を得給う由。
あわれ、左様の師もあらば身を砕きても従い習わんものをと、過ぎし昔の事までも思い続けて居たるところに、友の来たりて、和君(わきみ・貴殿)常々望みたまうゆえ、珍しき書を携えて来たりと取り出し見するに、其の題する所は天狗藝術問答とあり。
ひらきて見るに、其の理のこまやかなる事、ひとつとして疎か(おろそか)ならず。くり返して見るほど、心ざしのたより(指針)少なからず。近来の妙書ならんと、義経の虎の巻 得給いしもかくやと、うれしく乞い取りて秘蔵せしが、これによって又々思うよう、この書の通りにては、今とても 心ざしさえ深くば神の冥にも適い、其の術得まじきものにあらず。

つらつら思うに、この剣術者、其の業(わざ)の所は達し、志しの理 くらきゆえか、理は細やかなれども、業の事はあらましに天狗も説きしと見えたり。我はまた、業よりして拙(つたな)し。我もこれを追うて祈誓せばやと思い、精進潔斎して、天狗を呼ぶこと一声すると、たちまち其のたけ壱丈(約三メートル)余りもあらんかと思う大天狗前に立ちまたがり、からびたる声(しわがれた声)にてからからと笑い、
さてさて愚痴なることをいう男かな。汝が様なるじょうのこわき不合点者(なかなか得心しない者)も珍し。せんだって藝術問答に其の心のおもむく所細やかに説きおくをば、汝も能く見ながら、又々左様に近道の術を得たきなど祈ること、もってのほかのひが事(道理にあわない事)なり。
それ藝術は何にもよらず、理わざ一躰にて、理を明らめぬれば業に入る道も明らむるの間、それをもって其の師につきて執行(しゅぎょう)せば、そのままの名人にもなるべし。いかで(どうして)ひとつひとつの術まで説き聞かせん 手だて無し。今汝に仕かたをして見せんや。さりとは疎(うと)き男かな。

さりながら、剣術に志し深く、天狗の弟子に成りたらば格別の業をも得、一太刀にて五人も十人も切るようなるただ取りようの仕かたも有るべきかと思い、さいさい斯様に願うこと愚かながら不憫なり。ただ又、藝に志しあるも奇特(感心なこと)に思う故、とくと合点するように云い聞かせん。殊更前に云いし芸術論に説く所は、術のたよりと成る事、凡夫ちと わきまえ難からむと思う事ある間、また云い聞かする我が云う所をよく聞きて其の術を磨くべし。

それ心気の取り所もその本(もと)を知らずしては、説く所の末は耳にふれてもその本(もと)弁ぜさる故、万行に得る事難し。それ人命の始まる事、父母の精血交わり、二腎(左右の腎。全身の元気精神の宿るところ)まず生ず。
草木のはえ出る始め、二葉先立って生ずる如し。両腎のうち、左は水(すい)たり、右は火(か)たり。火より始まるは 男子となり、水の先立つものは女子となる故に、男子は右腎の火を命門とし、女子は左腎の水を命門とす。
左腎の真水の陰は、一身を潤す主たり。右腎の火の陽は、一身をあたため そう理(肌の外面)を守護して、外邪を入れぬ役たり。故にこれを元気という。また守邪の神とも云うなり。

その陰精陽気の間に一つの主人公あり。これを神(かみ)という。すなわち神(たましい)たり。その一心に遊行して(連れてさまざまに動いて)千変万化を行う。気は心に連れ、意識は思慮分別して其の気を導く者なり。
人の生質千差万別なることは、もと天地は妙中(不思議な働き)より始まり妙中をめぐり、人は妙中に生じ妙中を経て妙中に終わる。四時自然の節(自然の季節)、皆妙にはずるる事なし。天地の元気は日月、人の元気は左右の腎の陰水陽火なり。天地陰陽あい別れてその業を為す。

然れども陰陽と別に二つ有るにあらず、元、陰陽はひとつなり。動く時は陽、静なる時は陰、上るものは陽、下るものは陰なり。陽上り極まりて陰生じて下り、降り極まりて陽と生じてのぶる。人またこれに随うものなり。故に物にかたまる事なし。
人愚かにして 行きあたらねば為す事無し。一身の養生は常にあれども、わずらわぬ時はその養生を忘るる。生まれて死するに極まるといえども、常住死を心掛くる人は稀なり。いつまでも死なぬものと心得て俄に驚く事愚かならずや。

総じて世の中、四分と云うて、四分づつの欠けあり。天下豊年の時も四分は悪しき所あり。凶年の時も四分は良きものなり。人も常に四分の欠けあり。これ満月の欠ける事四分づつなるによる。とりわけ武士は日々に今日を大事、今日ばかりと行うべし。楠正成、身の一大事をかれこれと問えども心に徹する答えなし。或る時夢窓国師(南北朝の時代の名僧)に問う。如何なるか是一生の大事。答う、一生の大事今日に在りと。その時明哲得心せしという。武士など、百年も生きる心は拙し。哥に

  いつまでも のどかに物を おもふかな
     時のまをだに しらぬ命を

とよめるは ゆかしき心ばえなり。出る息の入るを待たぬは人の命ぞかし。その外、今日安く家内にいて寒暑をしのぎ、涼しさを好みて水をかけ、暖かなるように火にあたり、心を楽しみ豊かに居るうちにも、一切の災害あり。勿論、火災水難など来ればたちまち焼失水破に家を滅ぼし、野原となりてその居を空しくすること須臾(少しの間)をも待たず。ただこの心を忘れざるをもって人とす。

それ人の身を失うもとは、長生きしたがると、金銀を欲しがると、男女の淫楽を好むとなり。とりわけ好色にふけるは、たちまち身を労し命おわる事、これ心のおごる故なり。
且つは人に心のおごり、身のおごりという事あり。心のおごりとは、其の身威光をたくましく、何事も程を過ぐる事心のおごりなり。たとい能き事といえども、過ぐれば害になるところをわきまえ無く、能き事をなすに誰か非といわんやと思うこと、即ち心のおごりなり。総じて善悪ともに我が心の好む事は能き様に思えども、その能きと思うことも過ぐれば悪しく、人を苦しむる事もあるべし。

剣術はなおさらに心のおごり慎むべし。前扁(天狗藝術論)のおもむく所の心持ち 尤しかなり(まったくその通り)といえども、その修行の未熟なる者に説く所少なし。初修行の者かくのごとく心得ば、わざより理 先だって、迷う心できん。
それ初稽古の者、初めて剣術を教ゆるに、心みじかく高上に成りて(早く高い位に行こうとして)先をせる心持ちになるは、その教えの心持ち悪しき故なり。

おもての切組(基本の組型)一つ習いても、はや昨日習わざる先の我れには疑いなく勝つべし。段々功を積むほど、昨日の我れにはとかく勝つなり。極々至りては、昨日の我れには勝つぞ。しかし、心持ちに依りて負くることもはかりがたし。昨日の我れに勝ちおおせて、今日の我れに勝つときは、敵にも疑いなく勝つべし。我が身に勝つことさえならずして、離躰したる他人に勝つことならむや。

かくのごとく教えば、修行にも退屈できず、無敵(ぶてき・無心で自然に応じる心持ち)の本理にも叶うべし。それをさておいて、他人に勝て勝てと教ゆるは、教えの害になるものなり。理はいかほどにも高上になるべし。業は切磋琢磨の功を為さで、いかで(どうして)身に得ることあらんや。

とかく物には慣るること肝要なり。慣るるときは、いかようになり難きことも、為すに苦にならず。元興寺の明詮(平安時代の名僧)、雨滴(あまくだり)の石のくぼみたるを見て、間断なく修行する時は雨だりの石を打つごとくに、遂げざるということ無きと悟り、中年の後より学を励み、ついに比類無き碩学(学問を深く修した人)となり、慈恵僧正(比叡山の高僧)とも法問(哲学的問答)ありしとや。これを思うに、ただ油断無く勤め、平生になるれば(常日頃の行いとなれば)、石を水の打ちくぼむる如くに達せずという事なし。諸行ともにしかなり。我れに勝つところをわきまえ、我れを修めずしていかに道ならんや(どうして達せられようか)。教えの哥 に

   数々の 人のわざをば よく見れば
      我をわするゝ 身こそつたなき

同じく

   遠山の 木末(こずえ)の花は 見のこさで
      つまづくものは 足もとの石

人々 遠きところはよく見れど、けっく(かえって)近き所は油断してつまづくというこころなり。総じて人々、他人のことは是非をあげて口がしこく云えども、其の人において其の 他をそしるわざ慎むかと思えば 其の身には為すものなり。
せめて下戸の上戸を誹る(そしる)たぐいの事は其の身きらい故に人の呑むをも誹るなれば 本道の事にあらずといえども(たわいないことだが)我れが呑まざる故誹る所のわけも立てども、一向人は誹りて我は為すこと多し。心ある人の前恥ずかしからずや。

畢竟(要するに)これは、我見を高ぶる心の奢りにて、智恵自慢より人の事は目に見え、我が身のことは高ぶる心専らなる故思いつかず。これ人を欺くからなり。其の識にひかれて、我にまくるる所なり。
古語に、人を欺くは、必ず自ら我が心を欺くなり。其の我が心を欺くは、自ら其の天を欺くなり。それ欺くべきやと。
大公三畧に、人を量(はか)らんと欲せば、先ず自ら量るべし。人を傷(やぶ)るの語(ことば)、かえってこれ自らを傷る。血を含んで人に吐けば、先ず自らの口汚(けが)れると云えり。

専剣術はなおさら、何藝たりとも、高ぶる所ある時は思わぬ負けをなし、恥をかくこと歴然なり。それ第一諸行ともに、目あて、金間(かねあい)、定木なくして、いかで(どうして)理あらんや。
諸行を習うに其の師を目当とし、敵に向かう時は其の敵を目当とし、其の業を為すごとに其の業を目当とせずして、見つくる事なくうかうかとしては万年経ても其の事を得ること叶うまじ。

本書に云う、意識の(が)害になる事、其の意識は物を分別する所なり。臆病の起こるも意識のわざなり。馬藝未熟の者、馬に乗る時、落ちん事をまず恐るる事、意識の臆を為さしむ故なり。如何というに、たいがいの馬にまたがる所五尺(約150センチ)に満たず。然れども、見る所高き故、これに臆してその居り敷き(座っている所)の低き所を忘れる故に心迷い恐る。其の恐るる心により、けがをもするなり。

剣術も左のごとし。敵の太刀・木刀に目がつき、意識の臆病を起こすゆえ、其の心転動(動転)して思わざる負けを為す。この心をやめよと前篇に解くといえども、あら凡夫の愚昧にて解せずしてまた問う。 さりながら凡心には魔術の力にて替わりたる事もあらむように思うも断りなり(仕方のないことである)。これまた意識のしからしむるなり。

意識のその身を惑わす事、ある僧 諸国行脚して日に行き暮れ、とある野に夜を明かす。しきりに咽(のど)渇きて苦しく、水ありやとその辺探り求むるに、少しき流れを探り当たり、うれしくて心のままに水をすくい呑み、渇きを止めて臥しぬ。夜明けて立ち出る時、夕べの水呑みし所を見れば、乞食ようの者死して溝中に伏し、いつ死したるか所々腐れただれてあり。其の際の水を呑みたりと思うと、しきりに胸あしく黄水(胃液)を吐く。この時その僧思い様、これ穢れて悪しくば、夕べ呑みたる時胸悪しからんに死人を見ざる故何事もなく、今見ると こらえ難きは、意識の迷いなりと、たちまち悟道したりとなん。

汝がふところ手をして勝ちたがるも(自分で精進しないで勝ちたがるも)意識の迷いなり。とんづ、はねつ、かげろう、いなづまなんど(飛んだり跳ねたりする身軽ですばしこいもの)のようになりたくば、幻術(妖術)放下(中世の手品や曲芸)の様なる事を稽古すべし。術の本理に無き事なり。

さりながら、其の功を積み、修練我がものとならば、其の妙有るまじきにてもなし(有ることである)。これは雨滴の石を穿つがごとく、自然の妙ある事あり。金剛経の要文に、應無所住而生其心(おうむしょじょうにしょうごしん・とどまる所無くしてその心を生ずべし)、これはその心をとどめず、向かう所に生ずるなり。

敵の用に応じその挨拶をなす事 (相手の動きに対応してうけこたえする事)、敵に依りて転化するともいうは自然の妙なり、以心伝心にして、心に得て、我も知らざる所なり。

その流々によって色々の構え、足遣い、表裏の切組(組型)、用とする所は皆々其の藝の足代(足場)にて、至っては形になづむ事無し(形にこだわることはない)。形を離れざれば実(まこと)の勝ちにてはなし。

 藝術二葉始 下巻

ここに我 たまたま東寺の辺りに遊ぶ事ありしに、翁弐人 将棊(将棋)をさすを見る。その駒いずれも形異なり、三角あり四角あり、宝珠形・半月・細長く・横平く六角あり八角あり十六角あり、剣形あり菊形あり、矢玉刀鑓の形もあり、数枚の駒ことごとく形変われり、また駒に名文字も無し。
これはいかにと云うに、翁これは智恵将棊と云う。この形によって其のきき(効き)を定む。

それ物は形によりて行いを為す。大人(たいじん)は大人の働きを為し、小人は小人のわざを為す。円き(まろき)は円き働き、四角は四角、それぞれのわざ、その徳備わること形によれり。

尤も人倫の本とする所も、君臣 父子 夫婦 兄弟 朋友の五倫、皆その形をもって表とし、その形にちなむものなり。人死してその生ける火は消え、心気うせてその心は元に帰る。これゆえに、形も心を知らず、心も形を知らず、空々とむなしけれども、その形は元来親族と躰をひとつにせしものゆえ、これをよりどころとして祭るなり。
神にまつれば神となり、仏にまつれば仏となり、何にてもまつるものになる。仏法にては引導という。木仏に開眼(像を新しく安置する儀式)する道理なり。

総じて形あるものは、その形に随いて万行を為す。心気意識は形無けれども、形ある躰に属する故、その形によって行いを為す。さるによって、賢愚の違いあり。
其の心気意識の形に随う事は、水の器に随うがごとし。

天地も形無き故、其の行 妙を為す。神もまた同じ。その心気意識を躰と一つに為さずして、天地の間に放ちて天地と共に為すときは、甚深不思議を為すこと神のごとし。これ智恵の躰(物事の本質に通じて悟りを得た体)なり。

万行も左のごとく、形になづむ内は、その形に随い行を為す。すでに形も無くしてその心に随うときは、千変万化の妙を為すものなり。これには深き秘妙ある事と云う。

時に我問う。かたちに随いてその行を為すは勿論なり。然るを智恵将棊と云うはいかにと。

答えて、其の行 形に随うこと人々知るといえども、其の形に応ずる働きをしらず。またはその形をはなれての妙ある事ありといえどもなおさら得難し。

たとえば業藝の名人としても身躰手足は変わる事無けれども、その身躰手足の全き(完全に)用いる業を知らざる故、同じ五躰具足しても(五体がそなわっていても)上手下手あるごとし。

この将棊、専ら形に応じて遣う故、智恵将棊と名付く。その妙あること、形を離れて自在を為すを知るも、また智ある故なり。形にかかわる時は其の形に片寄る。それ物に片寄る時は穢れもあり。

井の水は穢れを為す、流れの水は穢れ無きがごとし。天地の気を受け、天地と等しき時(一致する時)は未前に吉凶を知るといえども、人は情欲に引かれ思慮を先立つる故に天地の気の物に先立つ事をわきまえず。

物といえども、其の思慮を先立ちぬ有り。狐からすなど、天地の先立つ気を知りて未前の吉凶を知る。人を惑わすもその人の先立つ気を知りてよく惑わし苦しむる事も為すなり。これ形をはなれたる妙なり。神通を得るも左のごとし。

天地に感じ天地の気をよく知るものは即ち神なり。我がともがら(輩・仲間)通力を得るといえども、鳶と変じて童子に捕われ難儀に及びし事、大會(切能の一つ、天狗が恩返しのため山伏に化けて僧に会い、約束を破って僧の願いを叶えることに喜んだため帝釈天が憤慨して天狗を懲らしめる筋)と云う謡(うたい)に見えたり。これ形に随う謂われなり。

里見義弘、隣国会盟(同盟を結ぶため会うこと)に行くとき、山中にて大きなる巳蛇(うわばみ)出て牛を呑みしが、見る内次第次第に小さくなり、小蛇に変じ沢へ下りし所を、鳶落としてこれを狐喰らう。義弘見て、大身の大勢引率して行く時は牛を喰らう勢いあるごとし、小勢にてゆく時は小蛇の鳶にとらるるごとし。
今我れ小勢にて敵国におもむくは、必定災いを好むごとし。弓矢神(ゆみやがみ・武道の神)の告(つげ)と悟道して会盟に行かずとなり。

これ形による所なり。その形をつかう事は、我が心気に随うといえども、意識さかんなる時は、躰に負けて躰より心気を遣う。意識は躰に属する故、その躰にひかれて迷いを為す。

ここをよく心得て、意識をおさえて迷いを去り、ただ我が身に勝つべしと心得て、随分その術に鍛錬し、我が身に勝ちおうするの期に至らん。
然からば、自然に妙に達して、飛行自在も心に得ば、則(すなわち)の飛行自在なるべし。

然れども、怠りある故その妙に至ること難し。およそ業藝は、怠りては いかほどの上手にても、下手の怠らざるには劣るべし。
揚由(中国の射の名人)は百歩に柳の葉を下げて、百発百中外したる事無しといえども、三日懈怠(怠ける事)をなして戸(標的)を外せしといえり。これは事のたとえなるべし。
平生居るにも立つにも、心におこたる事なく勤めて、懈怠あらぬように稽古せば、自ずと負けざる所を悟るべしと宣(のたま)う。

さてはこれこそ大天狗と思い、膝行(上位の人に対し膝で進退すること)し 謹んで、ありがたくも藝術の微妙なる事お示し告げさせくだされし事、尊神天狗のご恩かたじけなき次第なり。
我が心の瞑暗晴れ渡る事、あたかも暗きより明るきに出るごとし。

さりながら凡人の浅ましき、且つは世渡りの事につけ、必ず怠り候わん事心外に候間(いかにも残念であるから)、世事の障りなく怠り申さざる様、またはその術を習う師匠、流儀のよろしきを教えくだされ候えと 謹んで申す時、また大天狗聞き給い、善きかなよきかな、我を渇仰(仰ぎ慕う)の心ざし深き事、則ち藝に執心より起これり。

世渡りにかかわり [藝を]怠るのよし、さも有るべき事なれども、世事と藝と別々に思う故 障りて怠る(障害となって怠る)。世事を為す内にも藝術を忘れず、藝の心を以て世事を為さば、結句(かえって)為す事皆々法にかない、意識の私出来ず、何事も遂げ得べし。
藝を不断心がけると云うも、切いつ、突いつのその気になるにはあらず。一生の大事今日に有りと心得、意識の覆う所を払いて、凌ぎ難き所にては一寸の慎みを以てこれをおさえ、これを怠らず勤めよ。

然れば自ずから癖となりて、行往坐臥その通りになるものなり。一寸の慎みとは、古語に、生まるるも一寸死するも一寸、只一寸の間を堪えぬれば、万々行も安しとなり。また古語に曰く、胆は大ならんと欲す、心は小ならん事を欲す、智は円(まどか)ならむと欲す、行は方(けだ)ならむ事を欲すと。

これ胆は太くすべしとは、千万人ある中なりとも怖れず臆せず、心ざしの大きなるなり。
心は細くすべしとは、心の細きは恐れ慎み心をほしいままに持たぬ、これ心の奢りをつつしめとなり。
智は円かなれとは、まろき物は能くめぐりて滞らず、智の万に通達して滞らざるを云う。
行は方(けだ)ならんとは、四方なる物は平生にして流転せず、行は能く身にとりまもりて(身について)転変せざれとなり。

また高き所は低き所より見る事あたわず。高きよりは、低きを目の下に見下す。これ下として上をはかる事(推量すること)ならず。上は下をもらさず見て、万行滞り無し。
師は高く、弟子は低し。弟子として、師をはかる事ならず。師は弟子の程を見て、その程々にこれを教う。

然れどもその高き位を取り失う時は、自ずから高位も卑賤のごとく軽きものにもその志をのまれ、下克上の災い出来、師も心の奢り出てその師の位を忘るる時は、弟子にもはかられて(軽く見られて)怪我のする事あるべし。

太公が曰く、己貴しとして人を賤しむることなかれ。自ら大なりとして人を小(すこしき)なりとする事なかれ。勇を頼んで敵を欺く事なかれ、と。これ己を慎み、心の奢りを為さざれと云う事なり。
尊きは心を労し、卑賤は身を労す。尊貴は心を労して卑賤の心を安んじ、卑賤は身を労して尊貴の身を安んず。師弟も左のごとし。

また師、流儀の事は、師は専ら選ぶべし、流儀は選ぶに及ばず。ただ師の心ばせを選ぶべし。
第一、慾深き師匠 如何ほど上手と云うとも弟子を引き立つる事なるまじ。
いかにと云えば、貴賤上下を嫌わず、その弟子位に随いて秘密口伝といえどもこれを惜しまず、たとい貴族と云うともその藝未熟ならば心を尽くしてこれを教え、賄賂引手にめづべからざるは(賄賂や誘いに心を向けないこと)、本師、藝を大事にする冥利によって弟子もの立つべし(弟子も世に立つことができる)。

今時は、貴族の威勢または金銀に迷い、未熟の仁にもゆるし印可等授け、貧賤の弟子は目にかけず、総じて貴族に限りてその業に未熟なるものなり。これに構いなく、礼金さえ取ればむざとゆるし教える事(簡単に免許を与えること)、藝を商うの徒 いかで冥利よからんや。
それにたぶらかされて、金銀にて教えるには、弟子もつき安し。これ藝は習わず名聞(地位・名声)を習うものなり。

ただ無欲正理の師につきて、実を尽くしてその藝を習うべし。師はその藝の奥義を極め、今日師範を勤むとも、我が身修行の心を忘れずば、実(まこと)の師たるべし。

また、心得べき事あり。前に云う所の目当を大事に心掛け、竪横無尽(縦横無尽)に千変万化して打つとも、かつて一身に当たらざる金間(かねあい)あり。この金間を我が物とする時は、少しも敵に怖れ無し。その怖れ無きを知るときは、十万に敵無し。

また進退共にその発する所 元、上三段・中三段・下三段、この九つの他を出ず。右の九つといえども、詰まる所は ただその心の向かう所の一刀にあり。これ先に云う形にかかわらざるの所なり。身は堅固に固め、敵を丈夫に討つ(しっかり討ち取る)、この二つなり。

討つ時に身の固めを忘るる時は、必ず敵の表裏(あざむき)に陥るものなり。たとえば、弓を射る者の的にばかり心ざして手前を忘るる時は中らざるがごとし。しかりとて、身に固めのみする時は、勝ちもせず負けもせずといえども、籠城の固めばかりにして、兵糧詰に逢うがごとし。身躰疲れて思わず負くべきなり。

本書に云う、秘密の目当、必中の金間、三尺の定木を外れず、紅縮の手の内(紅色に染めた生地を柔らかく絞って縮みを加える程度)にて紅葉の打ちを用いる時には、敵の真甲は二つになり、我が身へは毛筋ほども当たらざれども、これをにわかに求め繕いこしらえて為しては、その詮なし(効果なし)。

常住の稽古に左のごとく怠らず、日々の行に為す時は、自然と妙を得て、かの一心の生ずる所において滞り無し。また、太刀に志す敵はいずれにも勝つべし。

敵も同じく我が心ざしの如く掛かる時は、深秘の飛行を用ゆ。この深秘の飛行というは、今日の我に勝つ所なり。かくのごとくすれば、我も知らず飛行自在を為し、高きも低きも、一毛も漏れず勝つ。

また大事の心持ちあり。ここにたとえて云わんに、ある剣術者、弟子も広く、彼方此方へ招き稽古に及ぶ者数多あるうちに、右剣術者、天然(根っから)針療を好みて、しかもその功得たり。
ある弟子、剣術の暇に針をも習いぬ。ある時師に向いて云うに、君の剣術を学ぶこと久しく、甚秘の業まで御伝授にて、およそ無敵(ぶてき・自然に応じて対立するものが無い)の境にも至り候ように明哲(物事の本理を弁えること)仕候(つかまつりそうろう)。
然れども今日まで、無事の身に怨(あだ)なく相過ごし候ゆえ、其の業出し候事もこれなく候。 針療の術もまた御伝授に預かり、療治も仕り、其の功を為し候こと数度に候。さりながら針術にては、療治届かず殺し候病人もこれあり候。
剣術は専ら人を殺す術に候えども、壱人も殺し候事御座なく候に、人を活かす術の針にては、殺し候事折々これあり。ただ、あちらこちらの様に存じ候と云う。

師聞きて、貴殿は運のよき人にてあり、これまで刃傷のわざこれなき故(人と斬り合う事がなかったから)、命を全うせられたり。その心持ちにて敵に向かわれ候わば、必定切られ給うべし。それ天地万物陰陽にもるる事無き故、何事も表裏無きという事無し。昼あれば夜あり。生あれば死あり。得あれば失あり。益あれば損あり。
剣術も人を切ると云う事あれば、我れ人に切らるると云う事あり。針も人を活かすと云うことあれば、殺すと云うことあり。
貴殿は活かすばかりに心を入れて、殺すと云う事をわきまえざれば、必ずしも切らるる。人 得にばかり目がつく時は、失ある事を忘るる故、必ず失を得ること疑いなし。能く心得られよと示され、悟道発明せしとなり。

その表裏を怠らず慎みて(物事の表と裏に注意し慎んで)、我が身を死地(死すべき境地)に落としては、勝つべき事疑いなし。汝深く思い、厚く心得て、油断なく学ぶべし。ゆめゆめ怠るべからず。くれぐれ我が物になりたりとも(会得できても)、心おごり慢ずべからず。
慢心少しも起こると、脊(せなか)には翅(つばさ)生い、鼻高くなりて、我がともがらの内へ入るべしと、のたまうと思えば、庭の飛び石の上に夢さめぬ。と思いて、一つの巻物あり。これをひらくに、甚秘の業すこぶる数を尽くし、秘密の目当、必中の金間、三尺の定木、紅葉の打、紅縮の手の内まで、細かに書きたり。こは嬉しやと再覧すると思えば、まことの夢さめ、布団の上に茫然と夜も明けぬ。

天明七丁未八月吉辰
            江都日本橋南壹町目
               須原屋茂兵衛板


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