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六. 書斎

書写机其ニ

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かの勝海舟が冗談めかしてこういったことがあるそうです。いわく「御一新(明治維新)の騒動以上」。
勝がまだ少年だった天保四年(1833)に台風のごとく江戸の剣術界を荒らしまわった大石神影流の祖、大石進の道場破りを回想しての言葉です。それほどに大石進の剣技は卓抜しており、天下に名だたる江戸の有名道場が軒並み負けるか引き分けという当時としては考えられないような非常事態に陥りました。
そんな中で、ただ一人明らかに勝利をしたのが白井亨義謙。(千葉周作も勝ったという説もありますが引き分けが妥当だと思われます)

当時大石進は37歳、心技体ともに充実し向かうところ敵なしの好調ぶり。対して白井は51歳、人生五十年の時代、剣術家としてはすでに衰えの入ったただの老剣士。しかも大石は身長七尺(210cm)といわれる大丈夫、一方白井は並みの身長といわれますからせいぜい五尺(150cm)程度でしょうか。
五尺三寸(約160cm)もの長竹刀と磨き抜いた突き技をもって江戸中の剣豪を恐怖に落とし入れた大石を、小兵白井はどのように迎え撃ったか。
あまりにも大きな体格と年齢のハンデを克服して勝利したのは何ゆえか。

また、再度勝海舟の話ですが、白井の四十年下である勝は、青年時代白井に手ほどきを受けたことがあり、その頃を述懐して「この人の剣法は、大袈裟にいえば、一種の神通力を具えていたよ。彼が白刃をふるうて道場に立つや、凛然たるあり、神然たるあり、とても犯すべからざるの神気、刀尖よりほとばしりてまことに不可思議なものであったよ。おれらは、とても真正面には立てなかったさ」。また、剣術修行にも相当身を入れていた自身の修行度と比較して「惜しいかな、とうてい(自分は)その奥には達し得なかったよ。俺は不審たえず、このことを白井に訊ねると、白井は聞き流して笑い、それは御身が多少、剣法の心得があるから私の刃先を恐ろしく感ずるのだ。無我無心の人には平気なものだ。そこがいわゆる剣法の極意の存在するところだよ、といわれた。俺はそのことを聞いて、そぞろ怖れ心が生じ、なかなか及ばぬと悟ったよ」と語っています。

有名な話ですが、白井の師の寺田宗有は「わが構えたる木刀の先より火炎燃え出ずる」といい、白井亨は「わが木刀の先よりは、輪が出ずる」と語ったといわれます。

小よく大に勝つ。老よく壮を断つ。柔よく剛を制す。
『日本剣道史』において山田次郎吉は「白井のごとき、実にニ百年来の名人なり」と称賛しています。
日本武術の真髄を会得した一人として、白井亨は列記されて然るべき人物と思います。
彼の書には有名な「兵法未知志留辺」があり、これには彼の剣術家としての軌跡が筆述されていますが、今回はある方より見せていただいた「兵法未知志留辺拾遺」をすこしずつアップしていきます。(前文は略)

白井 亨
兵法未知志留辺拾遺

 天真兵法真劔活機論

蓋し 神霊の気 宇宙に充満し萬物を化育す、是を天真と云う。今この兵法、ただ天真を養うを要す。
兵は兵器の総名にして是を操るを兵士という。 兵士常に修すべきの法なれば兵法となづけしなり。
およそ人 機心 僅かに動けばその真を失う、いわんや利をおい 名を求め 得失に心を労し 是非心頭に闘わんをや。兵士胸中にかくの如きの邪念を存ぜば 躯心 戚戚として支体安然たること能わじ。
もし人 その邪念を断って支体を安きに置かんと欲せばこの天真を養うにしかじ。この天真を養うに、語黙動静世事紛然たる間において この修法を真修し速やかにその邪念を断して天機を自得せば たとい危殆に臨むといえども無人の広野に立てるが如けん。 兵士この技を修せざらんや。活機論というは常に錬丹して神を養い空機を凝らし技に臨み赫機(かっき)を活動せしむる修法を論ずることなり。


真劔  長透貫 真妙劔
それ真釼は天真の利釼にして 兵法学ぶ者 錬丹 精修を尽くし
 躯身に空機を会得し 鋒尖に赫機を養い 是れを尽くしてその審らかを得れば 天真の霊機 この鋒尖に附憑し 無量不測の霊験あって その身 単刀真入の中にあれども胸中は閑機無事にして鋒尖に稀有の楽を存する者 これを真劔となづくるなり。
長透貫は長空を透貫するの機にして たとえば銃丸 長空を透過し貫く如く 更に敵と対すること無きをいう。
真妙劔は 至誠真妙の利劔にして是れを修するに まず精神を尽くし 錬丹して空機を凝し 赫機を養い 志相 邪念 忘言 虚事を截断し 智慮を去り 耳目を黙け 支体を堕して神丹の中に佚入し 我がとる利劔の真に入ることを旦暮(朝夕)に修め いささか精微を究めるに至らば 邪念ただちに氷消し 支体飄然として空機に和し 敵の兵刃 
面前に至るといえども 心ひろく体ゆたかにして 更に凝滞あることなからん。
凡庸の人 この教えを聞けば 難しとせんか。然れどもこの兵法 目前に空機を得せしむるの捷径あって 学ぶ者をして進ましむることは 衆人ひろく自知するところなり。これまた真妙ならざらんや。



閃鋒  遠撃淵 獅子飜躍
およそ人 兵刃を採りて敵に向かえば 敵ことごとくその形体に付対し 相気となって なお その苦脳を脱離すること能わん。この兵法に於るや まず常に天機を養うを要す。勉強してこの機を得れば 大虚とその術を一にするが如く 有形を包畏(包囲)するの力 鋒尖に有りて 手と兵刃を空機に忘れ 赫機を飛ばして空中に閃譲すれば 一機飄風の如く忽焉(こつえん・すみやか)として いまだその一念起こさずの古を貫き 凶暴残虐の非に当たって破らざることあることなし。
遠撃渕は遠きを破るの観法にして もし敵〓(口へんに高)闘を要すれども その挙動に挫せず 我が支体 渕静なること深渕の漣濤なきが如しと
いえども 機にあたる寸(とき)は霹霊大虚を劈き(さき・つんざき)降リ搏して期する処なきが如けん。これ技をあまねく天威の無窮に任して 私しを以てせざればなり。学ぶ者この機を得て活動自在をなせば獅子王の威 鋒尖に在って 百獣を脳害するの理倫(さと)れり。然りといえどもこの兵法 何ぞかくの如きの殺伐を要せんや。今 国家治まるといえども賞罸並び行わるる者にあらずんば いずくんぞ万民を安撫すること能わん。なおその憙微は篇中に顕わせり。

蓋し善人は好みて天道に則り 不善人は偏に人巧に趨(はし)る いずくんぞ 今の之兵法を学ぶ者必ずや 策励して真空に赫機を凝らし 空機に技を
任せ 其の支体を虚にし 其の神丹を実し 天真を得るを以って 其の樂と爲れば 即ち 生を養う所にして 以って常に誨(おし)うる所也 
学ぶ者空機を識らずして 其の技を私智に任せ 其の膂力を恃(たの)んで 天道に反戻し 虐暴を果たす術を得ると為れば 即ち害を生む所にして 以って常に戒むる所なり 

それ 人学ばざれども 生質淳直静奥にして 善を好み 孝弟仁慈忠恕を常とし 残者暴を投ずれども信を以て是を治め 更に逆らうの心を生ませず 従容として朴なるに安んずる者 是を善人と云うべし。
その心 天道の無象に属すればなり。斯くの如きの人この技を学んで 鎮(しず)へにこの修法を尽くし 孳々として懈(おこた)らざるときは 速かに進んでこの蘊奥を究むるべし。 然りと云えども 学ぶ者 常に懶惰懈怠を戒めざるが 又 事に臨んで僅かに争競の邪念を生ずれば 根本無作の霊驗をその躯心に得ること難(はばから)んとせる
もし 人心術純正ならざれば 学べば漫に偏執を増し 私智を恃(たの)み 私辨(しべん)を示し 徃々人巧に矜リ 事に臨めば邪欲争競心頭に浮かび しばしば その〓を矢んとせん 
危きかな。
斯くの如きの凡骨 此の真を養うの精修なくんば驅(はし)って罟〓〓〓(こかくかんせい・仕掛けや罠)の中に納(はいら)んとせん 其の心 地道の有形に看すればなり  
およそ人 天地の間に生じ 精神心性これを天象に禀(う)け 血漿骨肉これを地形に禀(う)け 清濁混して其の形体をなすが故に 其の躬 虚霊の性を具すれども 支体地形の重濁なるに属するが故に躯心活然として無極の廣野ニに中立化行するが如き事 能わず。譬えば桎梏(しっこく・手かせ足かせ)の中にあって生を保する者に似たり。 
兵法学ぶ者 其の重濁なる支体を博して真空に化するの術を得んと欲せば 煉丹して空機を養うの外 佗(ほか)の術を知す故に 必ず 先ず 悒心に策うち励まして 懈怠を戒め
 煉丹して支体に充る凝気を堕して神丹に収め 臍下を実にすること未だ篠打ちせざる鞠(使用前のマリ、非常に堅い)の如くならしめ 支体を虚にし 忘れて委蛇にすること 蛇蛻(蛇の抜け殻)の如くすたらせ去りて
真空に任せ 余念を断して彼の精修を尽くし 技に臨みて兵を採れども其の兵刃を忘れ 技を其の空機に任せ 神を玄真に通し 七顛八倒の中に在って乱刀欠け来たると云えども 空機是が満となりて躯心を脳ばすこと能わざらんことを勉め 常に斯に従事して 少しくとも間断なく其の真を参究するを以って其の楽とし 励み進まば 誰か此の技を成さざらん 
是れ即ち生を養うの術 彼の謂ゆる長生久視の法 余 常に弟子に誨(おし)ゆるに 
此の術の外 他の技を以ってすることなし。

続く



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